あの塩野七生は、「ガリア戦記」に対してこう脱帽している。

『ガリア戦記』は、前置きも導入部も何もなく、いきなり次の一句からはじまる。
「ガリアは、そのすべてをふくめて、三つに分れる...」
これで、たいていの物書きは,歴史家でも研究者でも作家でも、マイッタという気持にさせられる。
[ローマ人の物語IV「ユリウス・カエサル ルビコン以前」]

私は,これと同じ衝撃を、Perl,いや現在コンピュータ言語を扱うものであればおよそ知らぬものがいないあの「ラクダ本」の序章を見た時に受けた。

Preface
The Pursuit of Happiness
Perl is a programming language for getting your job done.

私はこれにやられてしまった。

Larry Wallは、卓越したハッカーにして、超一流の電脳言語学者である前に、世紀の代わり目を代表する思想家である。彼の幾多のスピーチも、「Perlの父」としての立場を超えて、「オープンソース文化の創設者の一人」としてなされたものが多い。

いや、「Perlの文化」というのは、「オープンソース」という言葉が生まれる前に確立しており、むしろ「オープンソース」がそれを追いかけているという側面が強い。Larry WallはPerlを「世界初のポストモダン電脳言語」と評しているが,この「ポストモダン」のエッセンスこそが現在「オープンソース」と呼ばれている現象なのだ。

「ラクダ本」も2度の改訂を経て、原著は1000ページを超す大著になってしまった。しかも困ったことに、この1000ページもかなりの部分がすでに陳腐化してしまっている。最先端のPerl事情を知るには、この本は古すぎるのだ。

しかしこの本の本当の魅力は、最初の20ページに満たない「序文」にある。"Perl"が単なる電脳言語の枠を超えて、ポストモダニズムのシンボルになった理由が、すべてそこに凝縮されている。実はAmazon本家では、中身を「立ち読み」することができるのだが、この序文は残念ながら対象外だ。是非買って読んで欲しい。(近藤さんには悪いが)出来れば原著で。

私がblogやTVでうだうだ言い始めたきっかけも、実はここにある。

ITバブルの喧噪の中で、これだけの思想家が困窮とはまでは行かぬとも、孔子の子孫とはほど遠い生活をしているのを見て愕然としたからだ。これほどの人類の宝が、住宅ローンの愚痴をこぼすなんて!

なにか、どっかが決定的に間違っている。

私が少しでも「あがく」ことで、この現状に少しでも目を向ける人がいればいいのだが。

Dan the Open Source Activist