これが本当だったらどんなによかったか。
貞子ちゃんの連れ連れ日記憲法9条は改正してはいけません。 なぜなら 憲法9条は 戦後60年間という長い期間 日本を(日本だけは)戦争へと駆り立てなかった実績があります。60年間充分りっぱに機能した実績があります。
仮に日本が戦争に駆り立てられなくとも、他国には他国の事情がある。日本が先攻しようが他国が先攻しようが戦争は戦争である。そして憲法は前者に対する抑止力にはなっても、後者に対する抑止力には少しもならない。そして、後者に対する抑止力が何だったかと言えば、アンクルサム(日本を「親方日の丸」というのに対して、合州国はこう呼ぶ)以外の何ものでもない。第二次世界大戦後、戦争をしていなかったというのはドイツも同様であり、そしてかの国には立派な国防軍が存在している。そして、憲法は何度も書き直されている。
日本は「戦争」から逃げる、いやアンクルサムに押し付けることで戦争を回避し、ドイツは戦争を直視することで戦争を回避して来たと言えばいいすぎだろうか?かの国にはそうせざるを得ない事情もあった。なにしろ「敵」と国境を接しているのである。かの国が「平和憲法」を制定していたら、当時のソ連は喜んで当時の西ドイツを東ドイツに併合させていただろう。
日本は海という天然の「壁」があったためあまりこのことを意識せずに済んだが、平和を望むのであれば戦争に備えるしかないというのは、グローバルどころかバイオロジカル・スタンダードである。我々の好戦的な「血」は、40億年かけて二重螺旋に刻まれて来た。たかが60年程度の憲法でそれが克服できたというのは涙が出るほど甘い勘違いだ。平和な国の貴方の中では、この瞬間も免疫系と雑菌との戦いが繰り広げられているのだ。
「非武装国家」というのを標榜したのは、実は戦後の日本が始めてではない。ルネサンスの都市国家は実はそれがデフォルトであった。ところが彼らは「平和主義者」とはとても言えなかった。傭兵を使ってしょっちゅう戦争をしていたのである。傭兵どおしの戦争はすこぶるのどかなものだったらしい。またのどか故に戦争に対する怖れというのも薄かったようである。マキャベリはそののどかな時代がまさに終わろうとした時代に生まれ、フィレンツェに「国民軍」を持つように訴える。結局フィレンツェはこの後すぐ滅びてしまうのだが、都市国家の中で最も長生きしたヴェネツィアは、陸軍こそ傭兵で済ませたが海軍はずっと自前で維持していた。「ベニスの商人」たちが活躍できた裏には、「ベニスの水兵」たちがいたのである。
兵は凶器である。だからこそ狂気に支配されぬよう適切に管理されなければならない。現在の日本国憲法がその管理を拒否しているのはそれゆえむしろ危険なのである。現実を直視しない方は、現場にないがしろにされる。日本国憲法がまさにそうではないか。第九条に限らず、これほどないがしろにされている法律があるだろうか?
Dan the Practical Pacifist

ご免なさいm(__)m