誠心誠意話しているのに、いや誠意を尽くせば尽くすほど、会話がこじれた経験をお持ちだろうか?まるでソファーの隙間に挟まった小銭を取ろうとして手を突っ込むと、小銭はますます下に行って結局手が届きませんでした、という感じ。
以下を読んで、そんな感慨を持った。
空中キャンプ-女性の会話には正解があるらしい男性には、こういったコミュニケーションの発想がない。「私がAといったら、Bと返事してほしい」という考え方をしない。つまり、期待する答えはあらかじめ決まっていて、お互いが手順通りに会話をして、それが両者の予測通りに成立する、というコミュニケーションに対して、どうして満足を覚えるのか、いまひとつよくわからないのである。それは男性にとってはほとんど会話ですらなく、ただの確認というか、「山」といわれて「川」とこたえるような、合い言葉のようなものにしかおもえない。わたしも、会話はむしろ予想のつかない方向に脱線するべきだとおもっているし、期待通りの返答がなくてもべつにいらだったりはしない。これは、女性にとっては鈍感さなのだろうか。わからない。
男の世界にだってそれはある。いや、男の世界、特に同じ修羅場を共にくぐり抜けて来た男通しのの場合、交わす言葉が少ない分、正解への期待はより強いかも知れない。「私がAと思ったら、Bと動いて欲しい」、すなわち「あ・うんの呼吸」という奴だ。
もちろんこういった傾向を持って、単純に「女は」「男は」と分けるのは早計である。男でも口に出して「山」「川」言う者もあれば、女でも口より手が早い者もいる。問題を伝えるのが口か手かの違いはあるが、むしろ相手に正解を期待する気持ちそのものに男女の差はないと私は考えている。
違うのは、むしろ不正解を受け取った時の反応ではないのか。
あくまで私の短い人生の拙い記憶に基づいた憶測なのだが、「想定外」の答えが返って来た時、男は「質問の仕方がまずかった」と感じることが多いのに対して、女は「このわからずや」と感じることが多いように思う。相手に求めるのは、男は「説明責任」、女は「感情移入力」なのである。
女がへそを曲げると、男は一生懸命言葉を変え手を変え品を変え、相手に「説明」しようとする。しかし女は望んでいるのは「私の気持ちになってみる」ことだ。これでは話せば話すほどこじれるのは当然のように思える。
そこまでは、私も「わか」る。彼女がどんな答えを「待っている」かも「知って」いる。しかし、なぜ私の口は「彼女の待ち望んだ答え」を横にどけ、彼女に「誠心誠意再説明」してしまうのか。わからないのはそこなのだ。なんだか口が「彼女に迎合したら負けだとおもっている」かのようだ。
「負け」。ああ、この言葉は大いなるヒントとなりうる。
そう。男の会話は「勝負」がかかっていることが多い。生物学的傾向を考えればそれは自然でもある。「勝利条件」は「相手に納得してもらう」ことだ。しかし、女の勝利条件は「私を共感すること」、というよりはじめから勝ち負けは「問題ではない」。これでは確かに勝負にならない。私は男女の思考回路に大差はないという立場を取る者だが、しかし口喧嘩の勝負の結果は古今東西老若男女圧倒的に女性優位であることは認めざるをえない。その理由がここにありそうな気がする。
しかしそれがいくら「わかった」ところで、私の口は脳の言うことを聞かない。そして今日も明日も「負け戦」である。もっともその戦に勝ってしまったら一番当惑し、そして困窮するのも私だということも知っているのだけど。
Dan the Incomprehensi(ve|ble) Man
というより、元々男は「自分のこと(利害を除く)より世間のこと」を考え、自分自身の問題も一般化して解答を見つけようとしてそういう会話を同性と行う傾向があるのに対し、女は自分自身のことばかりを素直に考える傾向がありますね。
根本的に立ち位置が違うので、男が折れる以外ないんだけど、この「負け戦」は男にとってストレス溜まりますよね〜(苦笑)
まぁこの話、「さびしからずや道を説く君」で終わってしまう話ではありますが・・・