それが本書のテーマにして結論だ。

そしてもしかすると、Value 2.0の起点にして帰点かも知れない。

本書は、The Forever Warの続編ではない。しかし、「二十年前には存在しなかった角度からあの作品のいくつかの問題点を考察しているという意味で、著者の観点からある種の継続性をもっている」と著者は冒頭で述べている。

同書もまた、戦争から始まる。

カバー裏の紹介より
神経接続による遠隔歩兵戦闘体での戦いが実現した近未来。連合国は中米の地域紛争に対し、十人の兵士が繋がりあって操作するこの兵器を投入し絶大な戦果をあげていた。

主人公Julian Classは、その遠隔歩兵戦闘体、soldierboyを操る兵士だが、普段は大学の物理の講師だ。彼は徴兵されsoldierboyに「乗り込む」ために神経接続端末-- jack --を埋め込まれている。この神経接続は、単にsoldierboyを操るために使われるのではなく、5人の女、5人の男からなるplatoon(小隊)のメンバーの相互連絡にも使われる。彼らは文字通り一心同体で、soldirboyの小隊は二十の腕、二十の脚、十の脳、そして五の男根と五の女陰を持った破壊神として戦場を支配する。

英語では単に"jack"、日本語では「精神移入」と訳されている状態は、「連絡」というにはあまりに密で、小隊のメンバーは生理痛さえ共有する。この辺のイメージは「攻殻機動隊」的で、恐らくHaldmanといえどその影響をいくばか受けているのだが、攻殻機動隊の素子がそれでも「個」がはっきりしているのに対し、すでにsoldierboyの小隊はすでに集団自我のものを持っていることだ。その点で本書の方が考察が一段深い。

主人公Julianは、そんな「軍隊通い」で徐々に傷ついて行く。小隊の仲間で外でガールフレンドであった彼女を、副作用の一つでもある脳梗塞で亡くした彼を慰めるのは、彼の学位の指導教官だった、15歳年上のAmelia。彼女はJulianも慰めつつも、jackによって得られる「濃密な関係」に憧れる....

というのが本書の出だし。この世界においては、「先進国」はすでにnanoforge(ナノ鍛造機)と呼ばれるナノテクノロジーによる万能工作機械と、それを駆動するための核融合炉を持っており、欲しいものは何でも手に入る世界となっていて、今日における経済はある意味消滅している。にも関わらず彼らはNgumi(ングミ)と呼ばれる「途上国連合」と、現在合衆国とイラクの間で繰り広げられているのにも似た不正規戦争状態にある。なぜか先進国はnanoforgeを独占し、その利用を全世界に開放しようとはしない。それは何故なのだろうか....

本書は最初は冗長に思えるかもしれない。Julianは今日戦争していると思ったら次の日にはAmeriaと愛を交わし、今学期の課題について頭を悩ませている。しかしこの「ぬるさ」は結末が近づくにつれてぐんぐんと熱くなって行き、そして最後に思いもよらぬ結論が待っている。この辺の話し運びのすばらしさは、Stephen Kingをして、「SFの世界にFort Knox(連邦政府の金を貯蔵している場所。大金庫の意)があったら、Haldemanをそこに保管しとかなくては」と言わせるだけの凄さがある。Hugo/Nebulaを同時受賞したというのは、ニュートン力学による衛星軌道の予測なみに当然の結果だ。

邦訳の冬樹蛉氏の解説もよい。

"個"と"孤"がこすれあって軋む音に悲しみを聴いた事がある方には、是非本書を手に取っていただきたい。

そう、本書の主題は、ナノテクノロジーでもテレイグジスタンスでも、そして戦争と平和ですらなく、"個"と"孤"なのだ。もちろんこの主題を奏でるために、これらの副題は惜しげもなく投じられている。邦訳の質は低くなく、邦訳でも充分本書の主題を聴き取ることが出来るが、しかしこうした副題のかすかな音まで聞き逃したくないのであれば、ぜひ原著も入手していただきたい。その表現が平易にして繊細なことに改めて舌をまくこと請け合いだ。あまりSFを読んだことがない人がいきなりEganの原著と組み合うのはちょっと難しいが、本書であれば高校卒業程度の英語力でも、辞書ではなく邦訳を併読しながら読み通すことができると思う。特に軍隊の中でのいいまわしなど、生で触れて味わって欲しい。

そして、この言葉と改めて向き合ってほしい。解説の冬樹氏の感嘆を是非共有して欲しい。

Alone, together. The way it always use to be.

Dan the Being Alone and Together.

追伸: ちなみに本当の続編である"Forever Free"が2001年に出ている。こちらはまだ邦訳されていないが、うーん、「神ネタ」は微妙。

追記:[2006.06.10] [間歇日記]世界Aの始末書: 米アマゾン「短篇バラ売りはじめました」

「Nonfiction & Essays」のカテゴリにも、ロバート・シルヴァーバーグ、ガードナー・ドゾワ、ジョー・ホールドマンがいる。やっぱり、SFまわりの作家・編集者たちは、こういう出版形態に関心が高いのだろうねえ。新しもん好きというか。

ちょっとわけあって本Entryを読み返してから、冬樹蛉氏のblogの存在を思い出し、「ホールドマン」で全文検索をかけて見つかったのが上記EntryのみだったのでTB。ご自身が絡んだ著作を1 Entryにして、そこにTBを集めるというのはいかがだろうか?

ついでに誤字を一つ発見。かなり目立つ奴だったのだけど誰も突っ込んでくれなかったのはなぜだろう?