うぐ、名指し。

PC文化と携帯文化の狭間にて。:貞子ちゃんの連れ連れ日記 - AOLダイアリー
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とはいえ、私はケータイに関しては「中の人」とは言いがたい。

ケータイ向けのサービスならいくつか手がけたけど、ケータイそのものの設計に関わったわけではないし。というわけで、以下の視点は、あくまでも「外から見た」ケータイ論だとまず注意喚起しておく。


むしろPCに慣れた人にとっては、ケータイはあくまでPCを補完するものとして扱って来たと思う。住所録はあくまでPCがメインでそれをUSBなりbluetoothなりでつないでケータイにシンクさせたり、Mailの一部を転送したり....PCが主でケータイが従という関係。そういう使い方なら私も積極的にしている。

ところが、最近はケータイが主という人も増えて来た。それも若い人たちばかりではなく。例えば私の友人の一人は、私よりも私の両親に年齢が近い人だが、A4一枚分の報告書を平気でケータイで書く。

なぜこれが可能かといえば、ケータイのIMEの入力補完機能にある。「こ」と入れれば「こんにちわ」と出るアレである。ケータイの泣き所は、その少ないキーであるが、そのおかげでむしろIMEの進化はケータイでこそ著しい。Mac OS XのTigerにも、似たような機能がついていて、例えば私のそれは「とうきょう」まで打つだけで自分の住所が候補として表示されるが、これはケータイのIMEの後追いである。

このように、あるものの補完品だったものが独自の進化をとげ、大本の品よりもより大きなニッチを得るということは実によくあることだ。Yahoo!だって「ネットのおまけ」だった時代があるし、GoogleだってYahoo!のおまけだった時代だってあったではないか。

とはいうものの、それは「老兵を殺す」にはたいていの場合至らない。それどころか老兵を立ち去らせることすらない。Googleが出来たからYahoo!がなくなったわけではないように、ケータイが出来たからPCがなくなるわけではない。キーがないのはIMEでカバー出来ても、画面の狭さとポインティングディヴァイス(マウス/トラックパッド)の欠如は現状ではいかんともしがたい。上記のおじさんも、さすがに表計算にはPowerBookを使っているし、ケータイで絵を描く人はまだいない。

そういう意味で、どちらが主でどちらが従かという違いはあれど、結局両方使うというところで落ち着くように思われる。特にPCというのはケータイのおかげでむしろ特異な位置を得るかも知れない。ブラウザを使っている時にはクライアントだが、ケータイに対してはサーバーになるのだから。今のところは住所録と予定表のやりとりぐらいしか使っていないが、iPodの代わりとかという使われ方もすでに提案されている。要は両方できるのがPCだということだ。

その意味で、PCとケータイのコラボレーションはまだまだ発展の余地がいくらでもある。まだPDA的な連携しか出来ていないのは、双方の業界の怠慢だろう。特に日本のメーカーのネムたさには歯がゆい。両方作っているくせにろくな提案がないんだもの。

と、ここまで書いたが、とても貞子ちゃんが満足するとは思えないので、次のバトンをこちらにまわしておくことにする。

Espresso Diary@信州松本:ACCESS(4813)が新高値に。
長〜いトンネルを、やっと抜けましたACCESS(4813)が、新高値117万円をつけました。2年もの間、なかなか上がらない株を保有することができたのは、ひとつにはACCESSの将来性に対する確信があったから。

というわけで、斎藤マスター、後はよろしくお願いします。

Dan the Homo Prohandsetis