確かに、今年の3月に6to4.jpのサービスが終了したこともあって、IPv6は今「谷の底に」いるようにも思える。こういう意見なら10年前から何度も目にした。

池田信夫 blog:IPv6
総務省の委託でインテックネットコアなどが調べたIPv6の普及度調査の結果が、ウェブサイトに出ている。それによれば、図のように、トラフィックは2002年の2.5%をピークとして減少し、今年は0.1%にも満たない。

しかし、だからIPv6は普及しない、というのは早計である。

その何よりの証拠が、IPv4だ。

実は私はIPv4と同じ、1969年の生まれだ。一般の人がIPv4に触れるようになったのは全世界的に1995年頃だから、その普及には四半世紀を経ていることになる。それまでは、IPv4というのは、象牙の塔の人たちだけが使っていた、数あるネットワークプロトコルの一つに過ぎなかったのだ。

それまで、別の種類のネットワークプロトコルはいくらでもあった。AppleTalk, NetBEUI....そう。IPv4にだって谷はあったのだ。Microsoftは本気で「Windows Network」を普及させようとしたではないか。彼らは結果としてブラウザ戦争を制したが、よく見るとネットワークプロトコル戦争には負けたのだ。

それでは、IPv4は永遠に不滅なのか?「なくならない」という意味では不滅だが、「ネットワークプロトコルとして圧倒的に使われているプロトコル」となると、それはわからない。一つわかっているのは、もしIPv4が「隠居」するのだとしたら、それに取って代わる選択肢はIPv6以外になく、そしてその種はすでに全世界に撒かれているのだということだ。

ipv6-osx

実はWindowsもVistaを待たずにIPv6に対応している。。その手間は、Windows 95をIPv4対応にする時よりもずっと簡単だ。Mac OS XやFreeBSDといった、BSD系であればさらに簡単で、何もしなくていい。IPv6対応のルーターがある環境であれば、ただ線を繋いでおくだけで接続が完了する。Linuxもそうなっているはずだが、毎日使っているわけではないので詳しくは毎日使っている人たちにたずねてほしい。

プロバイダー側を見ても、DNSやルーターといった主なところは、すでにIPv6対応が済んでいる。さすがにこれらの方は無設定というわけにはいかないが、IPv6は設定に関してはIPv4よりもずっと簡単である。これはIPv6が設定の容易さという事に関して特に周到に設計されているためで、強いて言えば128bitのアドレスが長くてそれの入力が大変だという程度で、しかもそれさえprefixを使うなど、省力化のための手法がきちんと用意されている。

すでにIPv6の種はまかれた。これはすごく重要なことである。いつIPv6の花が必要になっても、慌てずに済むのだから。

もっとも、まともな返答をするにはあまりに池田氏の「ゲーム脳」が強過ぎて腰もくだけるのではあるけど。

Windows Vistaには、出荷時からv6のアドレスがつく予定だが、これは混乱のもとになる。NTTやIIJなどの一部のv6専用サービス(閉じたネットワーク)ですでにv6のアドレスをもっているユーザーは、1つのホストに2つのグローバル・アドレスをもつことになるからだ。

複数のグローバルアドレスを持つなんて、IPv4時代でもいくらでもある。実際無線LANにも有線LANにも接続しているパソコンは、その時点で有効なアドレスを2つ持っている。IPv4が希少となった昨今では、これらのアドレスはたいていの場合プライベートアドレスではあるだろうが、すでに一つのホストが複数のIPアドレスを持つなど当たり前の時代である。

もちろん、サーバー側ではVirtual Hosting(一つのサーバーをあたかも複数のサーバーがあるかのように見せる事)のため、グローバルアドレスを複数持っているものは今でも多い。昔はそれしかVirtual Hostingの方法がなかったからだ。HTTPが正式にVirtual Hostingに対応したのは1.1からであり、実は比較的最近なのだ。

池田氏がこの程度の理解でお茶を濁している間にも、現場ではIPv4を延命するために不断の努力が続けられて来たのだ。CIDR, Named Virtual Hosting....一番大きかったのは、NATの導入だろう。おかげで普通にネットサーフィンをする分には、プライベートアドレスでも間に合うようになった。

しかし、プライベートアドレスでも間に合うのは、電話で言えば発呼側、すなわちクライアントだけだ。着信側にはグローバルアドレスが必要なのだ。今のところユーザーのほとんどが発呼側だからNATでいいじゃんという意見は、IP電話など、ユーザー側での着信が必要なことを忘れている。

でもうちのIP電話(skypeでもsipでも)、プライベートアドレスしか持っていないという人もいるだろう。これらの「電話」は、実は常に「接続」しているのである。これらのIP電話は、起動するとサーバーに接続しに行く。そう、発呼しているのだ。サーバー側は、すでに接続した電話に対して中継しているだけなのだ。そう。このモデルではグローバルアドレスを持った中継サーバーが、何らかの形で必ず必要になるのだ。

常時接続が今や常識のパソコンはそれでもいいだろう。しかし、携帯電話をIP化しようとしたら?ましてや「ゆびきたすなんちゃら」が提唱する、全てのものにアドレスを、となったら?IPv4アドレスは、世界人口より少ないのである。

v4のアドレスが「涸渇」することはありえない、という事実は、山田肇氏と私が4年前の論文で指摘したことだ。この論文は1年で3万回もダウンロードされ、IETFのシンポジウムでもテーマになったが、事実関係は村井純氏も認めた。

3万回もダウンロードされるのに一年?このblogは一日でそれくらいダウンロードされることもまれじゃないのですがなにか?それはとにかく、IPv4が今まで保ってきたのは、現場の努力なのであって、何もしないで21世紀を迎えられたわけではないというのは声を大にして言っておく必要があるだろう。

ところが霞ヶ関では、まだこの程度の基本的な認識もない。あるとき某省の審議官にv6についてのレクチャーを求められ、「v6はv4と完全互換ではない。v4のサイトからv6のアドレスは見えない」と説明したら、審議官が「それは本当か」と驚いていた。

ところが池田氏は、実際に自分でIPv6を「手にしていじりもしないで」こうのたまってしまう。これには審議官以上にびっくりだ。村井先生を出す前に、まず自分でIPv6がどんなものか、実体験した上で語ってみたらどうか?霞ヶ関の審議官は無知なのかも知れないが、池田氏は率直に言って失礼なのではないか?

今回の100億円は、それこそ地上波デジタルに投じられる税金に比べれば、ずっと有効なように思えるが。

ただ、やはり留意して欲しいのは、その100億円をどう配分するか。今までのIPv6論議は、あまりにGeekよりだった。その一部は、IPv6への懐疑--本当に別の手はないのか--だとか、「くらしためのIPv6」--IPv6がどうくらしに役立つのか--という点にきちんと回るようにしてもらいたい。技術面に関しては、すでにIPv6は安定を通り越して「枯れた」といってもいいのだから。これらの点においては、失礼ながら村井先生をはじめとするWIDEの各位はあまりいい仕事をしてこなかったと思う。というよりその能力が欠如していたというべきか。こういうことはもっともっと若い世代に丸投げしていいのである。

でも、これだけは言っておきたい。KAMEを産んでくれてありがとう、と。皆がそのありがたみをわかるのは我が娘達が色気づいたころになるかも知れないが、その日は絶対に来るのだから。

Dan the Man with Too Many Addresses