そんなあなたにぴったりの映画が、これ。

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Spellbound

(チャレンジ・キッズ)
Tech Mom from Silicon Valley - アメリカ人の育て方
例えば、英語では同義語がやたらたくさんある。「映画」を表すのに、movie、film、cinema、flixなどと、いろいろあって、外国語として習っていると、「ヤメテー、どれかに統一してー!」と思う。ところが、英語の作文の流儀では、同じ意味の言葉でも、一つのまとまった文章の中で、同じ単語を繰り返すのは「子供っぽい」のでダメ。

合州国には、Spelling Beeというコンテストがある。全米の16歳以下の子供たちが、いかに英単語の綴りを間違いなく言えるかを競うものだが、その人気は漢字検定などとは比較にならない。なにしろ応募者が1000万人。これを地区予選で250人程度まで絞り込み、本戦が行われる。この本戦への出場資格だけでも、街をあげて祝福するほどで、本戦の最終日は、なんとESPNで全国放映されるのだ。

この映画はそのドキュメンタリーだ。

この映画の面白いところは、本戦もさることながら、出場者たちの日常を追う事で、合州国というもののきわめて良質なレポートになっているところだ。どの出場者の保護者たちも、娘息子たちにくびったけだ。

その首ったけぶりが、また日本と違う。「尻を叩かない」のだ。ひたすら勝者を持ち上げる。それは決して敗者をけなすことを意味しない。日本で「優勝劣敗」というと、合州国がその代表であり、だから合州国は敗者に冷たい、となるのだが、そう思っている人はぜひこれを見てほしい。

そして、出場者たちの背景の多彩さがこれまたすごい。不法入国者の子女から一山あてた移民の子女まで、それこそ共通点は「親バカ」ぐらいしかない。出場者の中には移民元の訛りがある子も少なくなく、そして彼らの親たちは英語があまり話せない。9.11以来忘れかけていた佳きアメリカが、そこにはある。

そう。実はこのドキュメンタリーが追ったのは、1999年のSpelling Beesである。彼らのほとんどは今成人しているはずである。今の合州国を彼/女たちがどう思っているのか、インタビューしたくなってきた。

そして英語。英語というのは実に綴りにくい言語である。200を超える不規則動詞、輸入元の綴りをそのまま引きずる単語たち....ここまでひどいと正しい綴りを教え込むより、綴りの方を正した方がよさそうだし、実際それをやった言語も多い(確かドイツ語もそうだ)。我らのDamian先生もこう嘆いておられる。

Lingua::EN::Inflect - Convert singular to plural. Select "a" or "an". - search.cpan.org
BUGS AND IRRITATIONS
The endless inconsistencies of English.

しかし、外国生まれの単語をそのまま無補正で「飲み込む」ということは、語彙を増やすにあたっては強力な消化装置ともなる。文法の不備は、言語の弱さに直接なるわけではない。Perl Hackersが口をそろえて言うのは、Vocabulary > Syntax だということだ。C.L. Kaoに至っては、CPANが言語で、Perlはその文法とまでのたまっている。

実はこの点で日本語は英語と似ている。私はAudreyのおかげで「ミスリル」を「妖銀」と書くのだということを知ったのだが、日本語では「妖銀」を思いつく前にMithrilをニホンゴっぽくミスリルと書き下ろしただけで使える。いや、今やMithrilとそのまま書くのもOKだ。なにしろ日常だけで4種類も文字を普通に使いこなしているのである。電脳による言語処理には悪夢なのだが、それは明らかに日本語の力でもある。Larryもそう指摘していた。

だからといって、この邦訳のタイトルは許しがたい。「チャレンジ・キッズ」だとorz。商売投げてるんじゃないか?原題の Spellbound をそのまま「スペルバウンド」とカタカナイズした方がずっとましではないか(こういうのを英語ではpunという)。それだとホラー映画と間違えられると思っているなら、「スペリングビー1999」の方がまだまし。

実はこのDVDは妻の直美がWebの論評を見て「こうてくれ」といったので、機械的に他のものを買うときにAmazonに予約注文を入れたのだが、その使えないタイトルゆえに、私なら絶対見落としていたものだ。現時点で今年見た最高のドキュメンタリーだが、ここ十年で最低のタイトル訳だというのも指摘させていただく。訳した奴、逝ってよし。

しかしなんと言っても、本映画の最大の見所は、子供たちだ。イケメンもブサメンもシロいのもクロいのもネアカもネクラもいるが、やはり何かに没頭する子供というのは、かわいい。同じかわゆきものでも、チワワでは絶対にありえないのだ。

とくとごらんあれ。

Dan the Logorrheic