実は、ここにも高速道路と出口渋滞がある。

雑種路線でいこう - OS研究が再び盛り上がる,かも知れない
ここからは完全に仮説だが,僕個人は再びOSのアーキテクチャを大きく変える地殻変動が起きつつあるのではないかと考えている.

高速道路と出口渋滞の比喩がピンと来ない人は、←を熟読のこと。

OSを開発するのはこれまでになく簡単になっているのだけど、OSを「使える」ようにするにはこれまでになく大変になっているのだということ。

かつては、ROM BASICやMS-DOS程度でも、「使えるOS」と見なされてきた。ところが、今ではbrowserとoffice suiteが動いてなんぼなのである。そう語っていたいとじゅんさんを、たん清の焼き肉の味とともに思い出す*0

当初OSは、ハードウェアの「おまけ」で、ハードウェアメーカーの中の人が片手間に作るものだった。それがハードウェアを作る人とソフトウェアを作る人が分かれるようになって、いつの魔にOSは仕事で作るものになった。そうこうしているうちに、OSを売るためにはあれもつけこれもつけ....とやっているうちに、インストール後起動した時点で使えるソフトウェアまで「OS」と呼ばれるようになった。

もちろん昔気質に「OSはKernelまで」という主張だって根強い。Linuxもそういうスタンスだ。しかしそのLinuxにしてもソースの9割はドライバーだと思うし(最近読んでないので感覚としてはいいかげん。*BSDはそうだからという演繹)、*BSDは/usr/{bin,include,lib,libexec,share}まで含めて"make world"できるものがすべて「OS」の守備範囲になる。こうなると一人で、ましてや片手間でやっていくのはキツい。

OSの複雑化にともなって、階層も増えてきた。かつてOSというのは、Appを起動するまでが仕事だったが、今ではそのAppがさまざまなpluginを侍らすという構造になっている。OSがWeb Serverを起動し、そのWeb Serverの中でWeb App Frameworkが走り、その中のpluginが別のpluginを従え....というわけである。もし「Softwareに環境を提供するSoftware」というのがOSの定義なら、Web ServerもWeb Browserも今や立派なOSで、その複雑度もOSそのものに勝るとも劣らない。実際FreeBSDをmake worldするよりFirefoxをmake packageする方がよっぽど時間もかかる。

今や仕事で「OS」を書く人の大半は、「Kernelより上」の階層の仕事をしている。OSを書ける人の方がWeb Frameworkを書ける人より「えらい」というのはもはや当たらないのだ。そういう意味で南方司殿や私ぐらいの世代というのは、ソフトウェアの下から上まで曲がりなりにも目を通せた最後の世代なのかも知れない。数学でいえば、Gaussの世代といったところか。

それを知っているから、むしろ「新世代OS作家」たちに驚いてしまう。時には過剰に。

OsaskMonaOSCooSを見ると、彼らの「ラマヌジャン」ぶりに驚かずにいられない。OsaskはFileというのはSeekableなものを指し、socketがファイル扱いできることどころかネットワークのこともあまり視野に入っていないように見えるし、MonaOSのひげぽんはOSを作ってからSICPを読んでる。ほんと、舞空術を知らない悟天を見た悟飯のような気分になる。

この三つのうち、最後のCooSだけは修士論文ネタなので他と同列には扱えないが、彼らの特徴はラマヌジャンと同じく、辺境から発していることだ。なまじ大学で正規の教育を受け、大企業で正規の訓練を受けたら一人でOSを作ろうという発想にはなかなかたどり着かないだろう。

ただ、ラマヌジャンと違うのは、生前にある程度認められ、生きている(どころか若いうち)に、「オトナ社会」の洗礼を受けている点だ。女神との夢もさめやらぬ魔に、毎コミやjkondoの洗礼を受けるのである。これはいいことなのだろうか悪い事なのだろうか。

あまりに早すぎる「文明」との邂逅は、「ぶっとび」を矮小化させる要因にもなりうる。そもそもファイルという概念は「現代OS文明」ではごく当たり前でも、根源的にOSに必要かというとそれも疑問だ。朝コーヒーを煎れるより気軽に、我々はファイルをopen()し、read()し、write()し、close()するものがと思っているが、それは本当にそうなのだろうか?その意味では、これらの「悟天OS」は、ぶっとび方が足りない。残念ながらB-Tronの「実身」「仮身」ほどにも「ほえ?」感がないし、ましてや佳日のLisp OSほどの「なんじゃこりゃ」度もない。OSではあるし、すごいことでもあるのだけど、なんか「作っている人以外をときめかす」要素が少ないのだ。

でも、ほんと「子供達」の天衣無縫は見ていて気持ちいい。こっちまでなんか遊びたくなってうきうきしてくる。だから渋滞にムカつかないようにするにはどうすればいいのか考えを巡らすのだけど、なかなかいい知恵がうかばないなあ....

Dan the Man with Too Many Layers to Peek and Poke