#0があるからには#1がある。

DEATH NOTEは、DSLといったら死神に笑われるだろうか?

Death Specific Language.

実は、我々はすでにDEATH NOTEよりも凄い「道具」を持っている。

Computer、電脳だ。

そこでは、確かに書いた事が現実になる。

ただし、書いた事を現実にする場合には、それを「ノート」にわかるように書かなくてはならない。

それが、Computer Language、電脳言語だ。

そこでは様々な事を起こすことが出来る。そしてその魅力こそが、Geekたちを魅了、いや呪縛したやまない。Hackerという生き物は、全員がキラなのだ。

しかし、DEATH NOTEには一つしかコマンドがない。

kill、だ。

一つしかコマンドがないので、コマンドそのものは省略され、「引数」、死ぬべき人間の名前さえ書けばそれでおしまい。作品"DEATH NOTE"では、そのコマンドの後に「サブコマンド」を書く事で、死ぬ寸前のその人物の行動をある程度制御できるようになっているが、まあおまけみたいなもの。

プログラムとしては、実に退屈である。

「実世界」というOS全体の機能のうち、「すでに動いているプロセス=人生」を止めるというコマンドしか用意されていないのだから。

率直に行って、それだけではhackしがいがない。

ところが面白いことに、人間という「プロセス」は DEATH NOTE が存在する、という情報に勝手に反応する。環境変数やシグナルやファイルなど、「引数」を明示的に指定されなければ何も反応を起こさない「プログラム」とは、そこが違う。DEATH NOTEを「コミュニケーション」の手段として使う事で、実に多彩な反応を他の「プログラム」に起こす事ができるのだ。

その意味では、DEATH NOTEは「コマンドそのものが引数になりうるもの」でもある。closureみたいなものだ。月がハマって「プログラミング」は、これだといってもいいだろう。だから月は DEATH NOTE の所有権にそれほどこだわらない。彼に取って DEATH NOTE は「引数」であり「コマンド」ではないのだから。

それでも、私が月の立場だったら、やはり「まだるっこしくてやってられない」と文句を言ったかもしれない。DEATH NOTEだけをよりどころに世の中をプログラムするのは、nand gateだけでロジックを組み立てるようなものだからだ。不可能ではないがまだるっこすぎる。

もしかして、DEATH NOTE LANGUAGE を書いていたりして。

Dan the Life Hacker