はずかしながら米原万里の文章を読んだのは、彼女が亡くなった後だった。
世の中は狭いときには狭く、広い時は広い。これほどの書き手を、私は全く知らなかったのだ。
TVにはよくお出になられていたようだけど、そのTVを私はあまり見ない。私の「守備範囲」に当たる新書が少なかったからだろうか。「必笑小咄のテクニック」を見落としていたのは、痛恨の極みとしかいいようがない。これが「必笑の技術」とかだったら目に留めていたかもしれないのに。見ての通り、彼女の本のタイトルは秀逸なのが多いのに、ことごとく見落としていた自分の目のふしあなぶりが悔やまれる。
指の療養も兼ねて、とりあえず到着したものからむさぼりよんだが、思考回路、というより好奇心のたぐりかたが、「この人、もしかして生き別れの姉?」と思えるほどの近親感を覚えた。↑の「ガセネッタ&シモネッタ」はそんな中で米原万里飯店の前菜として最も手頃そうだということで選んでみたが、どれを読んでも傑作。特に上記の「必笑小咄のテクニック」は、笑いを正面から分析した数少ない本で、いつか別にentryをたてたい。
私が米原万里を知ったのは、日垣氏のガッキィファイターの追悼文だった。
「ガッキィファイター」2006年5月31日号普段の米原さんは、大きな声でいきなりこんなことを問う人でした。
「ねえ、男の人はセックスするとき、相手をいい気持ちにさせたいと思ってするの? それとも自分がいい気持ちになればいいと思ってするの?」
私は、周囲の人に「こんな会話」を聞かれるのを恐れて声をひそめ、こう答えました。
「相手がいい気持ちになっていると思えないと男はイケないものなのですよ」
彼女は、ちょっとだけ感心して、さらに尋ねてきます。素朴な好奇心が、いつも溢れ出てしまう、という感じでした。
「あなたがそうなの? 男はみんなそうなの?」
「(痛いところをつかれて)男はみんなそうあるべきだと思う」
「日垣さんは、痩せてるわりにはマッチョねえ。それがあなたの理想なの?」
「あ、いや、その」
彼女と話をしていると、「見透かされている」という気持ちによくなりました。
あの日垣さんですらこの人の前では「かわいい年下の男の子」である。これを見てすぐに欲しくなったのだが、私は積読が出来ないタイプで、末本食わぬは男の恥とばかり平らげることがわかっていたので、多忙もあって注文を自制していたのだが、指を酷使しすぎて手を休まさざるを得ず、この機会とばかりに片っ端から注文したのがつい先日のこと。
生きている間に、一目お会いしたかった。
一つの救いは、彼女の肉体は滅びても文章はきちんと残っている事。彼女の本を読むと、日垣さんと同じく「見透かされている」気持ちになることができる。これが「いやな奴」に見透かされるのであればこれほどの不快感はないのだが、それがこれほど快いのはなぜなのだろうか。
ぐぐった感じでは、Websphereで読める彼女の遺稿は、今年4月10日が最終更新日の以下のようだ。
通訳ソーウツ日記:スペースアルクコンピュータ化が進むとともに記憶力のみならず計算力とか情報整理力とか、いくつもの脳の雑用と思われている作業を電脳に負わせるようになった。肉体労働だけでなく精神労働の負担からも人間を解放し、持てる力をなるべく創造的な仕事に振り向けようというのだろう。しかし、創造力とは何だろう。記憶力や情報整理力など脳の基礎体力の上に成り立つもののような気がしてならないのだ。わたしたちは、キャベツの葉を剥くように、今後も脳の持てる力をどんどん削ぎ落としていくのだろうか。
ずいぶんと大きな宿題をもらったように思う。
逆説的にはなるが、彼女は死をもって文書というものの価値を改めて示してくれたのだと思う。彼女が指摘するように、我々は文字に記憶の負担を転嫁することで、記憶のための貴重な具をいくつか失ったのかも知れない、しかし少なくとも今私が彼女を知る事が出来たのは、彼女がマメに記憶の負担を転嫁しておいてくれたからだ。
冥福を祈る気持ち以上に、感謝の気持ちで胸が満たされた。
Dan the Belated Fan Thereof
時折教材として使われていたロシア語講座の番組の中に登場する米原さんを、ウラジオストック出身の先生が「世界一のロシア語通訳者」と紹介していたのがきっかけです。
米原さんの著書を読み始めたのは、数年前からですが、松岡正剛氏の千夜千冊の中で紹介されていた「不実な美女か貞淑なブスか」を読んだときの興奮は忘れられません。
こんなに早く亡くなられたのは、本当に残念でなりません。