β解禁の段階で、すでにαizaブロガーじみてきたきたnayukiさんのentryより。
天に唾したのは誰か-tail -f /var/log/message:イザ!阪神淡路大震災の時はヘリの音で救援活動を妨げ、JR-W福知山線脱線事故でも同じ愚を繰り返す(それが叩かれたら今度は高所作業車の群れ。ギャグでやってるの?)連中に判断力を期待出来ようか。
そういった、記者がピラニアかグンタイアリのように入れ食いになるニュースがある一方で、気になってもっと掘って欲しいのに消えてしまうニュースはずっと多い。
私からすれば、多いのはニュースではなくて、記事だ。それも似たような。
もう少し取材資源の適正配分できないものだろうか?
例えば、あるニュースに関して、最初に取り上げたところが独占取材権を得るとか。
「報道の自由」ということを考えれば、それを強制することは難しいのだけど、どこに自由があるかと思うぐらい日本のニュースは似通っているではないか。
それに、今のニュースというのは、実は大半がそれを流すTV局や新聞社が集めているのではなく、ロイターやUPIやAFPや共同といった通信社が集めている。「速報」ということに関しては彼らにまかせていいのではないだろうか。私がその他の「1.5次情報源」に求めるのは、むしろ「深報」なのである。そしてその掘りかた、というか少なくとも記者の群がり方は、トップニュースは深すぎ、それ以外のニュースは浅すぎるのだ。
「そういうもののためにblogがある」というのも確かだが、それでも取材費用なしには追いにくいニュースというも確かにある。どんなニュースだって、一次情報は現場取材が必要だが、足代がなければ行けない現場がほとんどである以上、blogで直扱いできるニュースはいきおい「ネタベタヨタオタ」になってしまう。それらのほとんどは「ニュース」ではなく「コメント」なのである。
天に唾したのは誰か-tail -f /var/log/message:イザ!刃物を与えられた小学生と変わらない行動をしていたら刃物取り上げられるのは当然でしょう。マスコミは未だに多くの人々を傷つけて平然としている。伝家の宝刀は血で汚れてしまった。この先、真に宝刀を抜かねばならぬ時、血糊で固まってしまって抜けないのではないかとわたしは危惧しています。 闇の奥からほくそ笑む声が聞こえるのはわたしだけだろうか。
ニュースの世界は、何も「伝家の宝刀」が飛び交うような大ニュースだけではないはずだ。「伝家の包丁」こそがふさわしいニュースだっていっぱいある。報道の危機は、もうインターネットの前から喧伝されているけど、むしろこれは報道にとってチャンスなのではないだろうか?今まではTVサイズ、新聞サイズのニュースしか扱えなかったのに、今ではblogサイズでも報じることができるのだから。
Dan the Amateur Journalist
P.S. サイトがβになったのが6月15日なのに、nayukiさんの書き込みが6月11日まで遡れるのが気になる。文字通りのαテスター?それとも中の人?
コメントが虚空に消えてしまったのではなかったのか(即座に反映されなかったので)....。
申し訳ない。