面白くないわけがないのだけど、期待以上の面白さ。

本書は、20年かけてすばる望遠鏡を実現した男の目を通してみた、20世紀最後の20年の記録だ。

すばる望遠鏡の沿革そのものは、よく知られていると思う。日本が世界に、というより人類が宇宙に誇る、現時点で地球最大の一枚鏡の反射望遠鏡(もうすぐ抜かれるけど)。「プロジェクトX」でも取り上げられたし、メタルカラーの時代5(単行本)でも一章割いている。それをプロジェクトの立ち上げから望遠鏡誕生まで関わっていた人の記録なのだから、面白くない訳がない。

むしろ驚いたのは、本書が20世紀最後の20年の、個人のものとしてはこの上ない日本史と世界史の記録となっていること。もちろん400億円かかったプロジェクトなのだから、浮世のことは無縁とはいかないまでも、これほど克明に往事の情勢を記録していたことに素直に驚きもし、また望遠鏡を一つ作るというのはこれほどまでに地を這わねば出来ないのかと感嘆もする。

そして本書は、一人の夫として、そして父親としての家族の肖像でもある。彼はドイツ留学中にウタさんと結婚し、合計三女の父ともなっている。うち一人は桂子アネットさん。おそらく知名度はこちらの方が上で、本書でも「娘のおかげで説明の手間が省けて助かった」という下りが出てくる。

そこには、理想とまでは言わぬともロールモデルとしたい家族の姿がある。日本の大プロジェクトにまつわる美談の多くは、悲しいかな家族をないがしろとまでは言わぬとも後ろまわしにした話が多い。ところが小平家の場合、家族があったからこそ20年におよぶプロジェクトを乗り切ることが出来たのだ。見習うべきはどう見てもこちらだろう。自分自身結構身につまされる。「勝ち組」という言葉は嫌いだが、小平桂一氏こそ「勝者」にふさわしいのではないか。

現在のすばる望遠鏡は、最先端の研究施設に関わらず、一般人にもずいぶんアクセスがいい施設だ。私自身ファーストライトの前に、妹の結婚式にかけつけてマウナケアのてっぺんまですばるの勇姿を見に行ったし、今では見学ツアーまで用意している。もちろんWebサイトの出来も素晴らしく、毎月新しい発見を発表している。つい先日も土星に衛星を9つも見つけたばかりだ。

この20年で、日本のサイエンスは、最先端の研究と一般への啓蒙という二点においては格段によくなったと思う。ただ、それをつなぐ中間はどうなのだろう。すばるを見て感動した若者が天文学をきちんと学ぶ場はどうなのだろう?これについては残念ながら本書も明るいことはあまり書いていない。すばるを作るべきか、教育用の研究施設をもっと作るべきか。日本史的に言うと、大仏をつくるか国分寺をつくるかといったところだが、どうもこの「国分寺」の部分がまだまだかなり弱そうだ。

とはいえ、順番は間違っていないと思う。大仏と国分寺、どちらを先につくるべきかといったら大仏なのだ。大仏があるからこそ国分寺が欲しくなる。すばる、野辺山の45mミリ波望遠鏡といった天文学の分野に限らず、地球シミュレーター、青函トンネル、明石大橋と、日本には「世界一フェチ」とも思える建造物がいっぱいある。もちろん大仏もそうだ。これらの性向は日本がある分野において一足飛びに世界に追いつくのに重要な役割を果たしたことは間違いない。

しかし、科学の分野ではまだそれが裾野になっていないのも事実だ。その分野が本当に根付くには、1合目から頂上まできちんとスロープになっていないと脆い。ものは出来てもうまく運用されなかった大プロジェクトは、そのほとんどが「周りがともなわない」ことが原因となっている。戦艦大和から青函トンネルまで、日本の大プロジェクトには残念ながらそういったものが少なくない。

という具合に、講釈を垂れ流そうと思えばいつまで垂れ流せるが、それを黙らせるほどすばるの画像というのはすごい。文字通り宇宙の果てを我々に見せてくれるのだから。これほどわかりやすく科学を見せてくれる装置というのもまた存在しない。

小平先生、お疲れさまでした。

Dan the Astrophilia