「教養」をそう捉えるのは、ずいぶんと狭量なのではないか。

セックスなんてくそくらえ - 漫画は教養ではない
教養が何かは、私たち一人一人が考えなければならない問いかけであるが、少なくとも小畑健を人に薦めるのであれば「CYBORGじいちゃんG」といったナンセンス漫画から読ませたいと思うし、教養とは無縁の場所で書き続けてきた、そしていまも書き続ける週刊少年誌の作家と編集者たちに敬意を払うためにも、綺麗に殺菌消毒されたパッケージ品である単行本でだけ作品を評価し、漫画を教養扱いするのはまったくもって賛成できない。

試しに「教養」を英和辞書で引いてみるといい。

教養 - 和英辞典 - livedoor 辞書
culture

私は「教養」をまさにこの意で使った。

セックスなんてくそくらえ - 漫画は教養ではない
漫画は教養ではなく、もっと野蛮な何かである。

「教養」はとにかく、「もっと野蛮な何か」まで含んでいるのがcultureだと思う。

とはいえ、「教養」という言葉は、確かに説教臭い。聖も俗も、美も醜も含んでいるがcultureだが、さりとてあのコンテキストで「文化」という言葉もまたうまく当てはまらない。

「思耕」というのはどうだろう。cultureの元の意味をうまく捉えているし、動詞としても無理なく使える。「シコウ」の同音異義語が増えるのがまあ難点といえば難点だが、こちらの方なら「野蛮な何か」もタガヤスだけあってスキコンでいそうに思えるではないか。

Dan the Cultural Being