梅田望夫氏ご本人に、本書をその場で頂いた上でサインして頂いた以上は、書評は当然のお礼なのだが、あえて日本に戻るまでそれを書かなかったのは、一つ確認しておきたいことがあったからだ。

それは、日本の夏、である。

My Life Between Silicon Valley and Japan
世界の片隅にあって小さく輝いていた「天気のいい田舎町」が、インターネット時代の到来とともに世界経済に大きな影響を及ぼす存在となり、その後のネットバブル崩壊で苦しみ、そこから立ち直ろうと必死の努力を始めるまで、五年間の物語である。

日本の夏は、蒸し暑い。単に熱いのではない。蒸し暑い。

それに対してシリコンバレー、というよりSan Francisco Bay Areaというのは、極論してしまうと春と秋しかないところだ。しかも汗をぬぐう必要がまったくないほど乾いている。日差しは強いが気温は低く、半袖だと少し寒いのだがlocals(ジモティ)は一年中半袖だ。

これだけ天気がいいと、フロの手間すら少なくなる。日本では24時間以内に風呂に入らないと気持ち悪いが、ここでは下手すると一週間ぐらい入らなくても平気かも知れない。

この気候こそが、太平洋西海岸のこの一体をシリコンバレーたらしめた最大の要因なのではないか。

同じ西海岸でも、SeattleからPortlandあたりまでのPacific Northwestでは雨が多すぎる。LAからSan DiegoのSouthern Californiaでは暑すぎる。仕事をするのに最適な気候が、ほぼ一年中続くのである。

そう。ここではものごとをお天道様のせいにするわけにはいかないのだ。お天道様はほぼ常にあなたの味方なのだから。はっきり言って、これはでかい。仕事の邪魔をする要因、それも文明が進んだ今では過小評価されがちとはいえ、実は有史以来ヒトの生産性を左右する最大の要因が最初から最適化されているのだ。

そして、ここは「天気のいい田舎町」である。Bay Area全体をあわせると数百万の人口になるのだが、実はここには百万都市が一つもない。San JoseやSan Franciscoですら80万人を切っているのだ。El Camino Realをクルマで流していると、気候を無視するとチバラギ、それもつくばあたりを走っているような感じか。

確かにSan Franciscoまで行けば夜遊びできなくもなさそうだ。しかしそれとてLas Vegasとかとは比較にならない。そもそも車でなければ移動し難いのであれば、酒も飲みにくい。だいたい東京並みのあの駐車場料金の高さでは、車で遊びに行く気にはそうはならないし、ましてやBARTで街に遊びに行くというのは、つくばエキスプレスで遊びに行くより想像し難い。

これでは、仕事に没頭するしかないではないか。

本書のタイトルは、「シリコンバレー精神」よりも、「シリコンバレー風土」の方がよかったと思う。副題に「グーグルを生むビジネス風土」とあるけれども、「風土」を本題に持ってくるべきだったと思う。「精神」というのは人によっては結構引いてしまうタイトルで、私も率直に言って最初このタイトルを見た時にはドン引き、とまでは行かぬまでもかなり引いた。

実際、本書には精神論はほとんど出てこない。精神論はウェットな日本の風土には似合っても、Bay Areaの青い空には似合わないのだ。Renaissanceもまた、精神論からの脱却から生まれたことを考えれば、「精神」を主題につけたことはかなりまずかったのではないか。その点を除けば、本書はすばらしい風土記である。タイトルで引いた人も、安心して読んでいただきたい。

これに似たところに、私は行った事がある。

ItaliaのToscanaだ。

その中心にあるFirenzeは、Renaissance(ルネサンス)を生んだ場所の一つである。それがどんな感じだったのかというのは、「わが友マキアヴェッリ」に詳しい。現在の妻とまだ籍を入れていない頃にそこを訪れたのだが、その時の私の感想は、「Bay Areaみたいなところだな」ということ。

そして改めて家族でBay Areaを訪れて、Toscanaみたいなところだなという感想を改めて持った。そういえばどちらも葡萄酒の名産地があるところまでそっくりだ。

こうなると思い起こさずにいられないのは、Renaissanceにもまた終わりがあったということ。塩野七生はそれを「都市国家の国民国家に対する敗北」と分析しているが、私にはそれが「Bay AreaのFederal Governmentに対する将来の敗北」に重なるような気が少しだけする。特に9.11以降はそうだ。State vs. Federal Gov'tの構図では、長期的にFederal Gov'tの力が強くなってきたのが合州国の歴史だが、9.11というのはThe Depression(大恐慌)に匹敵する節目のようにも思える。

と、感じてしまうのは、空港のSecurity CheckがOrangeで、出国手続きにえらく時間がかかった上に、子供たちの虫除けや妻のマニキュアまでそこで召し上げられたからだろうか。

実際、訪れるごとに合州国の空港というのはイヤな場所になってきている。原油高との往復ビンタで、エアライナーは青色吐息だ。

すばらしい気候は、すばらしい人々を呼び寄せてこそ素晴らしい風土に生まれ変わる。このサイクルに狂いが生じているように見えるのは、私の目に狂いが生じているからなのだろうか。そうであって欲しいと思うのだけど....

Dan the Accidental Tourist