実は「検索エンジンがとびっきりの客を連れてきた!」と一緒にソフトバンククリエイティブから献本されていたのだが、書評がすっかり遅くなってしまった。

結論から言うと、法と慣習に関わる全ての人が目を通しておくべき一冊だ。「インターネット」に関係なく。

その意味において、本書「インターネットの法と慣習-かなり奇妙な法学入門」は「かなり奇妙な」どころか「かなり根本的」な法学入門なのである。

H-Yamaguchi.net: 「インターネットの法と慣習:かなり奇妙な法学入門」
待ち望まれた本だ。私の勝手な定義では、現行の法律の条文解釈なんかについてうんじゃらかんじゃらやるのを「法律学」、社会における法規範のあり方なんかを考えるのを「法学」と区分しているが(本当はどうだか知らない)、この区分によればこの本は「法学」の本。

ちょっとだけGeek語に翻訳すると、ラクダ本まるごとPerl!がプログラミングにおける法律学の本なら、本書はさしずめ法学におけるProgramming Pearls(邦訳:珠玉のプログラミング)やSICPに相当する。

さらにまとめると、法律学はHowなら法学はWhyということになる。法律学だけでもプロの法務家(lawyer)になる事は出来るのだろうが、それはアルゴリズムを知らずしてプログラマーになるものなのだろう。プログラマーがアルゴリズムを学ぶべき理由とまさに同じ理由で、本書は法律に関わらず全ての人が目を通すべきだろう。法務家だけではない。法に関わるのは全ての人々なのだから。

もちろん、新書という制約はある。法学のAからZまで語るのはこの分量では無理だ。一般的にWhyを解説した書はHowを解説した書よりもコンサイスにはなるが、それでもABCどまりになるのは否めない。しかし大陸法と英米法の違いの解説だけでも、本書は読む価値がある。

本書は、これらの法学のABCに関して、Geekよりの言葉で書かれた本である。私も含めて、Programmingの観点からCode(法)を語る人は決して少なくないが、Code(法)の観点からProgrammingを語る人は稀少であり、白田氏は本書にとどまらずにLessigばりにどんどん法学を進めていただきたい。その点においてネットにおいても精力的に活動されており、事実本書もHotwiredの連載をまとめたものなのだが、氏のPortalがまだ双方向化されていない、すなわちWeb 1.0的なのが気になる。

本書を読んで一番欲求不満になったのは、私が一番知りたかった事、すなわち「普通の法学」における時間感覚と「サイバー法学」における時間感覚のあまりの違いが一体どこに由来するのかということが解説されていなかったこと。というより氏にそれを問題として認識しているかということ。ただでさえ法の整備は現実世界よりも遅れがちなのに、ことインターネットの世界においてはゾウの時間、ネズミの時間どころか地質学的時間と生物学的時間ぐらいの差がある。会社設立から3年、準備から半年ぐらいで会社が上場できるこの時代に、法はあまりに遅いのだ。法が忌避される一番の理由がこれなのである。

しかし私はむしろこの欲求不満を次著への布石だと捉えたい。本書を読んで欲求不満になるのはむしろいいことなのだ。法の疑問に答えるのは本書の役割ではない。法に対しどう疑問を抱くべきなのかを説いたのが本書なのだから。

Dan the Legal Being