なぜ、すでに存在して久しかったOpen Sourceという考えかたに、1998年になってからやっと名前がついたのか?

ユメのチカラ: 1998年とはなんなのか?
せめてGNU emacsくらいを持ってきて欲しかった。

タイトルのとおり、サルマネにもコストがかかるからである。

私が初めてEmacsに触れたのは、1987年のことだったと思う。今では信じ難いことだが、当時は贅沢品中の贅沢品。なにしろComputer Scienceのクラスで演習に使っていたのがSun 3で、60台のそれはすべてdiskless。それに接続されていたNFS Serverの全容量が300MBという時代だ。300GBではない。ましてや300TBではない。

当時すでにInternetは存在していたし、Webはなくともe-mailとnetnewsとftpは存在していた。オープンソース的なことは当時から可能だった。が、まず参加者となりうる人数があまりにも少なかった。Internetというのは贅沢品というよりも象牙の塔のおもちゃ。ドメインも.comはむしろ少なくほとんどが.eduだった。

しかし、重要なのは、少なくともその小さな世界の参加者たちのほとんどは、すでに無料でネットを使っていたという事実だ。もちろん実際には学校や雇用主がその費用を負担していたのだが、それは参加者の目に見えるような形にはなっていなかった。

電脳と電網のコストが感じられなくなること。

これがOpen Sourceの必要条件に思われる。

その条件が市井でも充分整ったのが1998年と言えないだろうか?これが1995年では早すぎる。まだ当時は、TCP/IPが支配的になるには少し早かった。Windows 95には確かにTCP/IPスタックはついていたけど、あくまでMicrosoftが売り込もうとしたのはWindows Networkであり、MSNもISPというよりパソコン通信だったのだ。

また、それ以前の状況として、gccの登場というのは外せないかと思う。Open Sourceにおいては真っ先に無料で手に入れなければならない道具がこれだからだ。そう。かつては開発環境もまた商品だったのだ。今だって実はそうなのだが、少なくとも今では無料の選択肢がそこにある。

実のところ、誰にとっても(とはいっても先進国における話ではあるが)「参加費無料」となったのは、Open Sourceの歴史を見れば比較的最近なのだ。

このことを、現在の参加者は忘れてはならないと思う。実はOpen Sourceというのは、非常に恵まれた環境があって初めて成立する概念だということを。

Dan the Open Source Programmer