文化・真摯な科学者達「ニセ科学フォーラム」報告」経由で「新しい高校(化学|生物|物理|地学)の教科書」の左巻健男先生のblogを発見。

早速RSSを登録した上で、以前の書評、

をTBさせていただいた。

左巻先生は、どうやらニセ科学とも戦っておられるようだが、左巻先生に限らず、どうも日本の「対ニセ科学戦隊」は苦戦しておられるように見受けられるので、自分なりにその理由を考えてみた。

その結論を集約すると、こうだ。

教室で、結論のみを教えていないか、ということだ。

例えば天動説を名前以上に紹介しないまま地動説を教えたり、ラマルクに触れる事なくダーウィンを教えたり、ということだ。

上の「悪問だらけの大学入試」は、そのタイトルとは裏腹に、河合塾の教育本部長(当時)が、予備校の目から見た教育のありかたを説いた本であるが、そこに生徒の傾向として、「理解型」と「納得型」があることを紹介している。

pp.156-157
 一つは私どもが「理解型」あるいは「肯定型」「予定調和型」とネーミングしているパターンであり、もう一つが「納得型」である。
 第一のパターンの理解型は教室で授業を受けるときや参考書を読むとき、すべてを頭から正しいものとして受け止め、肯定的に理解しようとする。たとえば先生がテスト問題を作り、問題に若干の誤りがあったとしても、「先生はきっとこういう問題を作ろうとしたのであろう」と肯定的に解釈し、素直に問題を解く。
 もう一つのパターンである納得型であるが、このタイプの人は一つ一つの事柄に対して、納得できないと気が済まない。大げさに言えば、森羅万象に照らして正しくなければ納得できない。
 問題にミスがあれば指摘する。授業中に疑問点があれば質問する。「こんな質問したら皆に変に思われないか」などの詮索はあまりしない。問題が解けないと、そこで膠着してしまってなかなか先へ進めない。所詮人間の作った問題だから予定調和的に......などという生活の知恵は働かない。
 しかしいったん納得できると喜びが体に満ち、勇気百倍して先へ進む。

どちらが科学が身に付くかといえば、後者であろう。しかし教師、いや教育システムにかわいがられるのは前者ではないか。

これは、何も日本だけのことじゃない。英語にもApple Polisherという表現がある(これのもっとえげつないのがAss Kisserである)。よってニセ科学が跋扈するのも日本だけの現象ではなく、さもなくば今は亡きCarl SaganBroca's Brain(邦訳:サイエンス・アドベンチャー(なんちゅうタイトルだ!))、そしてThe Demon-Haunted World(邦訳:人はなぜエセ科学に騙されるのか)を書く事もなかっただろう。

納得型の方が苦労が絶えないことは、どの国においても多かれ少なかれ事実とはいえ、日本において納得型の居場所がより少なかったのは否定し難いのではないか。教室に居場所がない彼らに、場所を提供していたのは「表教育」たる学校ではなく、むしろ「裏教育」たる塾や家庭教師だったのではないか?しかし裏教育にはコストが伴う。誰でも受けられるわけではない。少なくとも私の中坊時代には私用の「居場所」は図書館であり自室だった。

今「ニセ科学」と戦っている皆さんは、こうした子どもたちに納得を提供してきたのだろうか?

恐縮ながら、その点においては、書物においても日本は寒い。「新しい高校物理の教科書」も、「納得」という点では"Big Bang"の足下にも及ばない。Singhはきちんと天動説を、Epicycleまで見せて紹介した上で、その上で地動説と比較し、ものすごい手間ひまをかけて地動説を紹介していた。

理解型は効率がいい代わりに、折伏も容易だ。彼らにニセ科学を「理解」させるのは簡単で、まず現在の科学で説明できない事項を取り上げて「理解した科学」をゆさぶり落とし、そこにその説明できない事項を「説明できる」ニセ理論をポンとおけばいい。私の知っているニセ科学教育法は、すべからくこれに沿っている。

にも関わらず、「対ニセ科学戦隊」も、方法としてはニセ科学軍団と同じことをしている。ニセ科学をゆさぶり落としてそこに「科学理解」を置き直しているのである。それではいたちごっこになって当然ではないか。

ありがたいことに、今ではネットがある。教室では得られない納得も、ネットの大海では得られる公算も大きい。もっともそこで溺れる公算はさらに大きいのだが。ネットにあふれる情報は、どちらかといえば「理解」を迫るものの方が「納得」を与えてくれるものより圧倒的に多いのも事実だが、それでも納得型が活躍している様子を知る事は教室やましてやTVよりも容易である。

とはいえ、科学を納得するのはブラウザの画面だけでは無理である。今のところはあくまでネットは教室の補完に過ぎない。ネットでしか納得できないなんてあまりに侘しくないだろうか?

ニセ科学と戦う先生方は、ニセ科学を直接攻撃するのではなく、納得を得られない生徒たちを納得させることこそ戦略的に重要であることを、理解ではなく納得した上で実践していただきたい。

Dan the Dropout