こうした「PC界に対するケータイ界の啓蒙」は時々目にするのだけど、その逆がほとんどないので書いておく。幸い、Livedoor Blogはケータイ用にも別にページを生成してくれるので、「ケータイ族」のみなさんも問題なく読めるはず。

ケータイ文化圏とネット文化圏の深い溝 [絵文録ことのは]2006/10/25
主にPCを使ってウェブサイトを閲覧している人と、主にケータイを使っていてPCは全く(またはほとんど)使わない人では、たとえ同じページを見ていても、まったく行動や思考形態が違う。「ケータイ族」という言葉もあるが、ネットでの常識はケータイの人たちに通じず、ケータイの常識をネットばかりの人は理解していない。
ケータイ文化圏とネット文化圏の深い溝 [絵文録ことのは]2006/10/25
だから、ウェブ族の頭で便利なものをケータイ族に押しつけようとしてもダメなのである。ネットはネット、ケータイはケータイなのだ。

だと思っている方、本当にそうなのかもうよーく考えてみて欲しい。

本当に、ケータイはケータイ、ネットはネットなのか。その二つは別の世界なのか。

実はこの二つ、金でつながっている。ケータイからネットに、一方通行で。

なんでそうなのか、冷静に考えればわかる。ケータイサイトは、ケータイだけでは作れないからだ。

「いや、メールも出せる。moblogもある」という反論もあるかも知れない。しかしそれらのサービスを提供しているサーバーは何で動いているか?ケータイじゃないことだけは確かだよね。

ケータイでは気持ちはやりとりできるけど、お金は払うことしか出来ない。少なくとも今のところはそうだ。アフィリエイトで小遣い稼ぎも出来なければ、ましてやサイトを作って一山当てるなんてことは出来ない。

ケータイから情報と文化以上のものを得たかったら、ケータイだけじゃ足りない。これは厳然たる事実。ケータイだけで充分と思っている人も、そのことは知っておいた方がいい。いくら数が多くても、個々の力の差が違いすぎるのだ。トータルで見たら、もう圧倒的に「ネット」の方が強い。ケータイの世界すら、そのルールはネットで決まっているのだ。

ところで、今回のentryにあたって改めてLivedoorを使ってみたのだけど、すごくよく出来ている。blogにしてもreaderにしても、すごく自然にケータイとネットの世界がつながっている。はてなも悪くなかった。元々「ネット」のページが地味なおかげで、ケータイでもあまり違和感がない。

でも、そこにあるAmazonのリンクを「踏む」と、フツーのAmazonのページに行ってしまうのはorzだったけど。

本題をもう一度繰り返すと、ケータイだけやっててもケータイを極めることにはならないってこと。ケータイを極めたかったら、どうしてもPCには手を出さざるを得ない。まあそれがかったるいということならそれでもいいけどね。カモも鉄砲で打たれればいやだけど、知らない間に羽根や卵を盗まれるぐらいなら気に留めるまでもないかもしれないし。

Dan the Man Between the Worlds