これ、はっきり言って誤訳ではないか。
H-Yamaguchi.net: 私は石を投げるべき人なんだろうか?「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」 ―ヨハネによる福音書 / 8章 7節(新共同訳)
あまりに有名なこの一節、英語ではこうだ。
Bible (King James)/John - WikisourceSo when they continued asking him, he lifted up himself, and said unto them, He that is without sin among you, let him first cast a stone at her.
そう。Crimeでなくて Sin。日本語ではCrimeは「犯罪」、Sinは「罪」または「原罪」と訳されて、どちらも「罪」の字が入るのだけど、比喩抜きでニジゲンとリアルぐらい違う。
何が一番違うか、というと、誰がそれを決めるか、ということ。
Sinを判定するのは、神。神は全てをお見通しということになっている。だから、邪なことを考えただけであなたはSinner。
H-Yamaguchi.net: 私は石を投げるべき人なんだろうか?内面で思うのはもちろん自由だが
自由じゃないのだ、神の前では。それを理解しておく必要がある。
それに対して、Crimeを判定するのは、法。法ゆえに、考えてただけではCriminalにはならない。言論の自由を認めている法の下では、たいていのことは口にしてさえCriminalにならない、文字通り「犯して」はじめてあなたはCriminalとなる。
だから、「罪を犯したことのない者」では、ほとんどの人が石を投げる資格を持つものになってしまう。訳としては以下の「直訳」の方がずっと「正しい」。
日ごとの糧::新約聖書::ヨハネの福音書あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。
それでも「罪」という字が使われていて紛らわしい。「煩悩」が一番よい訳のようにも思える。
しかし、CrimeとSinを混同する人々は後を絶たないようだ。Websterの"Sin"には、わざわざ"The Right Word"という項目を設けて言葉別の用例を設けているぐらいだ(Mac OS X 10.4をお使いの方は、DashboardのDictionaryないしDictionary.appで確認できます)。
A sin, on the other hand, is an act that specifically violates a religious, ethical, or moral standard (: to marry someone of another faith was considered a sin).
A crime is any act forbidden by law and punishable upon conviction (: a crime for which he was sentenced to death).H-Yamaguchi.net: 私は石を投げるべき人なんだろうか?
実際のところ、宗教というのは、こうした際にきわめて有効だ。
そのはずの宗教が「無罪者」をこれほど「裁いてきた」のはなぜだろう。特にこの面ではキリスト教はすさまじい。ローマを内側から滅ぼし、アステカとインカを滅ぼし、十字軍を組織し、魔女裁判を主催し、奴隷貿易を正当化し....John Paul IIがわびをいれたぐらいでは、とても「信じる」気にはならない。
もちろんキリスト教はその筆頭であって、この点では他の宗教でも代わることはない。なにしろ「剣を持たぬ預言者は滅びる」のだから。おとなしく見える仏教ですら、「鬼」こと織田信長が滅ぼせなかったほどの兵力を持っていた。「神のものは神に、カエザルのものはカエザルに」を一番実践していると塩野七生が褒める日本ですら、政権の一角に食い込んでいるのはご存じのとおり。
不殺生戒を持つ宗教のもとであれだけの暴力が行使されて続けてきたことは、私にとって長いことずっと謎だったのだが、宗教というのは本質的にCrimeとSinを峻別できないのがその理由なのではないか。預言者や釈尊ともなれば別かも知れないが、入信してしまえば「みことば」と「法」は渾然一体となってしまうのではないか。
塩野七生人間の行為の正し手を、宗教に求めたユダヤ人、哲学に求めたギリシャ人、法律に求めたローマ人。
彼女が15巻を費やして「ローマ人の物語」で語りたかったことも、一言でまとめればこうなる。今から最終巻が楽しみだが、その一方「なぜそのローマはキリスト教に乗っ取られたのか」という問いに対しては、「XIVキリストの勝利」を読んでもまだ納得が行っていないのだ。
そして今の自由主義国家は、政教分離を謳ってはいるものの、未だにそれは建前であり本音とまでは行っていない。私はコンスタンティヌスを「世界史上最高の売国奴」だと考えているが、それだけではまだなぜ彼が「キリスト教にローマを売ったか」が納得できないのだ。
だから再びそうならぬために、これだけは強調しておきたい。
CrimeとSinを混同することこそ、最も重いSinであり、その混同を元に行動することこそ、最も重いCrimeであるのだ、と。
Dan the Sinner, not Criminal
逆に「煩悩」と訳してしまっては、旧約で神がユダヤ人に約束させた「罪」とイエスが述べている「罪」の繋がりがわかりくくなるのではないでしょうか。煩悩は罪の一部ですが、煩悩=罪ではありませんので、少々不正確な訳になってしまうと思います。