すみません。「意外」と「以外」は私もよくやる誤変換です。

志村建世のブログ: 日本語はどこへ行く
一つだけ具体例をあげると、「思ったよりも」を意味する「いがいに」が、「意外」の字ではなく、「以外とよかったりして……」などと「以外」で代用される場合が増えています。間もなく誤用として辞書に登録され、さらに常用にもなりそうな勢いです。

ただし、「意外」のイントネーションは---なのに対し、「以外」は-__なので、この二つが一緒になることはないと思います。それはさておき、

志村建世のブログ: 日本語はどこへ行く
日本語の最大の問題は、「漢字との不幸な出会い」から始まっています。

私にはそれほど不幸だったとは思いません。むしろこれほど幸運な出会いはなかったのではないかとすら思います。同音異義語が多いことは、時にはコミュニケーションの妨げになる一方、だじゃれも多く生み出しました。英語ではだじゃれのことを"pun"と言いますが、punはだじゃれほど簡単ではありません。その代わり、中国語でも英語でも「韻を踏む」(rhyme)が発達したのですが、比較言語論はさておき、言葉が単なる情報伝達のツールでしかないのであれば、我々はこれほど言葉を愛したでしょうか。

そしてなんといってもかな漢字混じり表記。最近では横書きが多いおかげで、alphabetも問題なく混ぜられるようになってきました。これが日本語をさらに多彩なものとしています。ハングルだってこれが出来たはずなのに、歴史のおかげで漢字が駆逐されつつあるのは実に悲しいことだと思います。

使いやすく美しい日本語はどうあるべきか。世界とのコミュニケーションが不可欠になる現代だからこそ、良識のある判断が必要です。

いや、日本語の力の源は、良識に頼らなかったことにあります。事件は現場で起こっているように、言葉は読み書きしている最中に生まれています。これがフランスみたいに良識を待っていたら、とてもここまでの力強さは生まれなかったでしょう。この点は英語も同様で、私生児ならぬ私生語を大事に、というより圧力を加えなかった言語ほど強くなってきました。

そしてその先に、グローバル言語の必要性が浮かんできます。

私もかつてはそう思っていましたが、その状況も急速に変わりつつあります。

My Life Between Silicon Valley and Japan - ショックと感銘に襲われた韓国少年とのやり取り
フォーサイト誌9月号「シリコンバレーからの手紙」(122)に書いた「ショックと感銘に襲われた韓国少年とのやり取り」が、ネット上にアップされました。
ショックと感銘に襲われた韓国少年とのやり取り
検索結果へのリンクとともに、 「翻訳道具たちを通じて英文あるいは日本語で見れば良いです.この検索結果には書店サイトの本の情報と韓国 Blogger の読後感があります.以外でも Naver, Daum などの韓国ポータルで同じキーワードで検索をした結果インターネット新聞記事で6 -7回紹介されたしネチズンたちの読後感が多いです.韓国で出版されてから15日位経っただけなのによほど関心が高いようです.」 というコメントが寄せられた。r

今では私はエスペラントを普及させるより、C3POを実用化する方が早いと思うようになってきました。それだけではなく、外国語を習うコストも今までにないほど低くなっています。確かに何十カ国語もネイティブ並に話すのは無理ですが、二カ国語程度は大したことではありません。

こうなってくると、むしろ重要なのは母国語の魅力を保つすることです。そして母国語の魅力を保つということは、その母体となる文化を保つことであり、そして文化を保つというのは、時代とともに変わって行く表現を大切にすることです。日本にアカデミー・ジャポネがなかったのは日本語にとって幸いなことでした。

もっとも、ただ現場に任せているだけでは力を活かしきれないというのは仕事も言葉も同様で、日本では確かに現場で起こっていることを「良識」にフィードバックする仕組みが弱かったのも事実です。日本の辞書は英語の辞書ほど頻繁に改訂してこなかったのですが、これもWebによって急速に変わりつつあります。すでにはてなキーワードは「現代用語の基礎知識」のコーパスとして採用されていますし、現場、すなわちWebが選んだ言葉を良識が追うという流れはもはや止まらないでしょう。

言葉にとっても、実に面白い時代がやってきたとは思いませんか?

Dan the Nullingual