わはは。私が信頼している中国人は、必ずこういうのです、ずばっと。
自国文化に誇りを持つ“過ち” (宋文洲の傍目八目):NBonline(日経ビジネス オンライン)日本の友人や知人から「4大文明の1つである中国文明」や「孔子、老子などの歴史偉人」について関心を示される時、僕はいつも複雑な気持ちになります。今の中国は世界に後れを取っていますし、現在は世界の人々が納得するような偉人も生み出していないからです。
ただ、中国人の名誉のために言っておくと、私から見て尊敬に値する現代中国人はたくさんいらっしゃいます。宋さんを含めて。ただ中華人民共和国には少ないのだけど。宋さんを含めて。
それでは、なぜ尊敬に値する人物に事欠かない中国が、国としてはなかなか信頼できないかというと、中国を一番信頼していないのが中国人自身だから。夏から中華人民共和国に至るまで、中国という国は民と国の相互不信で成り立ってきました。このあたりは中国人について書かれた本であればどの本にも書いてありますが、ここでは404 Blog Not Found:貝と羊、中と日で紹介した「貝と羊の中国人」を挙げるにとどめておきます。
だから、中国的な信頼関係の結び方というのは、あくまで個人と個人になります。極論してしまうと「関係」(guanxi)さえなんとかなれば、「党」はそんなに恐くなかったりします。
それでは、日本はどうかというと、これが面白いぐらい正反対なのですね。なんだかんだ言っても、日本人は「お上」を信頼しています。その一番の証拠は、革命がついになかったことでしょう。明治維新はどうだったのだという意見もありますが、あれはトップが徳川家から薩長に変わっただけです。
とはいっても、日本人とて無条件にお上を信頼していたわけではありません。革命はなくても一揆や米騒動ならいくらでもあります。ただしその際には「政府がだめなら政府をとっかえよう」という思想はなくて、「今の政府のやり方は駄目だからやり方をかえてくれ」というあくまで異議申し立てのレベルに留まっていることです。
中国はRevolutionary、日本はEvolutionaryといったところでしょうか。実際中国はほぼ60年ごとにRevolutionが来ているのに対し、日本では皇室が「有史以来」続いていることになっています。
それでは、なぜEvolutionaryで留まっていたか、といえば、日本には「暴君」がほとんど現れなかったことが挙げられるでしょう。歴史上この「暴君」に最も近かったのが織田信長だと思いますが、その彼はEvoluitonは理解できてもRevolutionが理解できなかった手下に暗殺されて天下布武を達成することはありませんでした。
そういった「お上」の元では、信頼は組織と組織になります。彼/女がなぜ信頼できるかといえば、信頼できる学校を卒業しているからとか信頼できる会社に勤めているから、となるわけです。
どちらがいいかといのは一概には言えません。中華型の信頼は、信頼度は高いかもしれませんが、信頼まで持って行くのが大変です。一方日本型の信頼は、組織の名前を見るだけである程度おしはかれるという利点がある一方、信頼度そのものは中華型に一歩譲る。
ということは、もしかして日本の組織を作った中国人最強?宋さん?
とはいっても、今言ったことはあくまで一般論であって、局所にはさまざまな例外があります。個人的に一番面白い例外が将棋。取った駒を使えるというのは、現在からみるとずいぶんと非日本的に見えます。これを実地でやっているのが、唐や元の時代の中国や現代の合州国。とても中華的です。
また、かつてのように渡航の手段も自由も乏しかったころには、生まれた国のやり方になじむしかなかったのですが、今ではある程度自分の気に入った国を選ぶことができる時代になっています。中国と日本のありようも変わって行かざるをえないでしょう。
ところで60年ごとに革命といえば、中華人民共和国の成立は1949年。これで行くと2009年に革命が起こるのでしょうか。時期的に北京オリンピックの直後。確かに革命が起きてもおかしくないかも知れませんね。
Dan the Japanese by Accident

このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。