なぜ「ワーキングプア」なる一見矛盾するような言葉が具現化するかと言えば、そこには「労働力ダンピング」いう仕組みがあることに気がつく。

ワーキングプアと併せて読んでおきたい一冊だ。

「ワーキングプア」が「今何が起こっていて、このままだと何が起こるのか」ということに焦点をあてているのに対し、本書「労働ダンピング」では「まず労働とは一体なんなのか。それがどういう風に変遷してきたのか。そして労働はどうあるべきか」ということを多面的に考察している。前書が虫瞰と鳥瞰を軸に構成されているのに対し、本書は主に考察が主眼となっている。それだけ読みにくい分、内容はより豊富かつ多彩でもある。

目次
  • はじめに
  • 第1章 いま何が起きているのか
    1. 「雇用の融解」がはじまった
    2. 労働ダンピング
    3. なぜ労働の商品化がすすむのか
  • 第2章 ダンピングの構造
    1. 非正規雇用化
    2. 競争と格差
    3. 値崩れの連鎖
    4. 拡大していく貧富の格差
  • 第3章 労働は商品ではない
    1. 労働のルール
    2. 規制緩和が非正規雇用を襲う
    3. 働き方が変わる
    4. 正規雇用の融解を促進させるもの
  • 第4章 隠された差別を可視化する
    1. 格差問題へのアプローチ
    2. 性差別禁止からのアプローチ
    3. 非正規雇用の均等待遇保障
    4. 持続可能な雇用システム
  • 第5章 現実の壁に向かって
    1. ダンピング最前線に立つ公共セクター
    2. 安定した雇用を実現する
    3. 非正規雇用に正義を
    4. 正規雇用にディーセント・ワークを
    5. 契約形態を乗り越えて
  • あとがき

本書の一番大事な主張は、第三章のタイトル「労働は商品ではない」ということに尽きると思う。商品だから「だぶつく」。「だぶつく」から「ダンピング」される。結局労働が商品なのだとしたら、ダンピングは必ず起こるし現に起こっている。

それでは一体「労働」とはなんなのだろうか?

まず大事なのは、労働というのは単一の目的のためになされる単一の行動ではないということを理解しなければならない。「労働は商品ではない」が、商品という側面も確かに含まれてはいる。「ワークフェア」(workfare = work + welfare)という言葉も最近登場しているが、労働には商品性がどうしても含まれるという点は、「労働のあり方」を設計する際には無視できないファクターだろう。

この点、すなわち「労働とはなんなのか」「労働とはどうあるべきなのか」という点に関しては、「ワーキングプア」も本書も考察が不十分に思える。が、それは著者の責任というよりも、紙幅の問題が大きいだろう。まず「労働は商品(だけ)ではない」ということをきちんと示すには、新書一冊分の分量が必要なのだから。

一つのやり方としては、「労働の定義を自ら定め、それを実行する」という方法がある。なんのことはない。自営業者となるのだ。

finalventの日記 - 仕事に就くべきじゃない10個の理由
 ⇒10 Reasons You Should Never Get a Job
  1. Income for dummies.
    (定収入っていうのは頭の悪い人向け。)
  2. Limited experience.
    (経験の幅が狭まる。)
  3. Lifelong domestication.
    (一生飼い慣らされることになる。)
  4. Too many mouths to feed.
    (自分の稼ぎなのに他人の食い扶持になる分が多すぎ。)
  5. Way too risky.
    (あまりにリスクの多い生き方。)
  6. Having an evil bovine master.
    (邪悪な牛飼いに振り回される。)
  7. Begging for money.
    (おカネを恵んで貰うこと。)
  8. An inbred social life
    (同族支配の社会生活。)
  9. Loss of freedom.
    (自由の損失。)
  10. Becoming a coward.
    (臆病者になる。)

私自身はこれにいちいちうなずきつつも、それでも人様にとてもそれを奨めるつもりはない。渡しなりに10 Reasons You Should Rather Get a Jobを書くと、こうなる。

    1. Are you smart enough?
      (自分は頭がいいと言い切れるの?)
    2. Unmited liability.
      (責任も無限大。)
    3. Lifelong demonstration.
      (一生営業!)
    4. Too few hands to move.
      (自分の手じゃ足りないかも。)
    5. Way too risky.
      (あまりにリスクの多い生き方。)
    6. Having an evil bovine master -- may be yourself.
      (邪悪な牛飼いは自分自身かも)
    7. Still begging for money.
      (おカネを恵んで貰うのは自営も同じ。)
    8. An inbred social life -- by yourself
      (自身による同族支配。)
    9. Loss of equality.
      (平等の損失。)
    10. Becoming a paranoid.
      (偏執狂になる。)

実際、自分の好きなことに本当に集中したいと思ったら、自営というのは実に面倒なものなのだ。会社がやってくれていたもろもろの面倒なことは、全て自分でやらなければならないのだから。そして何より、会社の構成員であることをやめても、社会の構成員であることをやめるわけには行かないのだ。

だから、「奴隷」と「野蛮人」の間に「落としどころがないか」を探るのは、充分に価値があることなのだ。理想は「奴隷」にも「野蛮人」にも居場所があること。

そう。居場所。

結局「商品でない労働」で一番大事なのは、居場所ということだ。ただし繰り返すが労働は商品かつ居場所なのである。ここが難しい。私自身まだどういう風にするのがいいのかあれこれ考えている。

あれこれ考えるのは別entryにゆずり、本書は以下にあとがきの再終行を引用して終わることにする。これを共有できてはじめて落としどころを探れるのだから。

p.229
何もしなければ、悪くなるだけ。新しい経済の枠組みに対応できる、商品でない人間のための新しい労働システムを構築する働きかけが必要なのだ。

Dan the Self-Domesticated Cashcow

See Also: