力作。必読。

CNET Japan Blog - 江島健太郎 / Kenn's Clairvoyance:グーグルが無敵ではないことはエンジニアだけが知っている
ぼくが今の今まで注意深く避けてきた、グーグルの技術論について、この機会にとうとう語ってしまおうと思う。
これはぼくの推測だが、彼らはこれほどのスピードでウェブが発展するとは当時全く思わなかったんじゃないか。もし未来が見えていたなら、この問題はノード数の加速度的な時間発展が加わるとNP完全くさいぞということに気がついて、まともなコンピュータサイエンティストなら捨て去ったアイデアだっただろう。そういう未来が見えなかったからこそ、こんな困難が待ち受けてるとも知らずにふらりと一歩を踏み出せたんじゃないか。

実はこれと同じことを、GRAPEの杉本大一郎も言っていた。彼ら理論天文学者は、計算機問題に関しては素人で、だからGRAPEを作るに至ったのだと。

実のところ、工学の世界において、その問題の解決にあたっては、その背景となる理論を知りすぎていない方がよい場合も多い。ライト兄弟が流体力学を知悉していたら、彼らは飛行機を作ろうとしただろうか?

今はやりの言葉で言えば、技術者には理論に対するスルー力が必要、ということになるだろうか。もちろんここでいうスルー力というのは、その問題解決に立ちふさがる理論を無視しろ、ということではない。その存在を認めた上で、「ふつうのやつらの斜め上」から問題に対する突破口を開くということである。

ライト兄弟の場合、それは風洞だった。私から見たライト兄弟の偉業というのは、飛行機そのものよりもむしろ風洞の方が大きい。風洞のおかげで、命がけでなくても設計が出来るようになったのだから。

もっとも、ライト兄弟の場合、その後がちょっとよろしくない。ライト兄弟の飛行機は翼をねじって飛行制御をしていたが、結局その後主流となったのは、尾翼と動翼をもつ、ライトフライヤーとはあまり似ていない飛行機だった。特に動翼を受け入れなかった点というのは、なんとなくエディソンが交流をなかなか受け入れなかったことを彷彿とさせる。

その意味で、技術者、それも成功した技術者には、もう一つのスルー力が求められる。自らの成功をスルーする力である。

しかしライト兄弟やエディソンを見れば、それがいかにありえないものかということもよくわかる。結局なぜ盛者必衰かといえば、自らの成功をスルーすることがあまりに難しいからなのかも知れない。

しかし技術者個人としてはスルー力の欠如は問題でも、技術全体としてはむしろこのスルー力の欠如は他者の台頭を生むので、それはそれでよいのかも知れない。そもそもスルーできないほどの成功というのは滅多にあることではない。それこそ、「運」の要素が最大と言えるほど大きいのだから。

問題は、その「運」を誰のために使うか、ということだろう。自分一人で使い切れる程度の運というのは、実は大したことがない。技術者にとっての幸運というのは、自分が使い切れない運が舞い降りた時なのだと思う。

ライトフライヤーは残らなかったが風洞は残った。直流は交流に負けたが、GEは残った。これだけでもものすごい運ではないか。その意味において、まだGoogleの「運」ははじまったばかりなのだ。

Dan the Lucky One