この考えがそもそも間違いなのではないか。

元検弁護士のつぶやき: 「有罪率99%」は謎か異常か?
無罪率が増えると言うことは、結果として無実の人が身柄を拘束され起訴されることが増えるということです。
 言い換えれば、結果的に不当起訴が増えるということです。

起訴後無罪というのは、被告にとって不便で不条理ではあるが、社会にとって不当ではないはずなのである。

「間違い」即「不当」ということであれば、警官による職務質問だって不当になりうるし、「不利益」即「不当」ということであれば、交通渋滞だって充分不当だ。

誤認逮捕、誤認起訴、誤認有罪は最小化すべきだが、それを有罪率を上げる事で達成しようというのは二つの点において本末転倒である。

一つは、当然冤罪の問題。「自白しか証拠がないのに有罪」のごときは、偽陽性(False Positive)の可能性を大きくしてしまう。これに関しては以前「404 Blog Not Found:自白の心理学」などで何度も触れてきたので指摘は以上に留めておく。

もう一つの、もしかしたら一つ目の問題よりも大きな問題が、表題の「非合法黙認」だ。すなわち偽陰性(False Negative)の問題である。

頭は必ず良くなる p.248
和田(秀樹)
日本の社会で私がイヤなのは、非合法黙認が多すぎることです。
有村アナ
「非合法黙認」とは、具体的に言うとどんな事ですか。
和田
アメリカでは駐車違反がほとんどありません。なぜかというと、ちょっとでも路上駐車しておいたら、すぐ反則切符を切られてしまうからです。アメリカでは無修正ポルノが認められていますが、チャイルドポルノは厳禁です。日本では、ドラッグや無修正ポルノが表向きに禁止されていますが、渋谷や新宿あたりに出かければ簡単に買えるでしょう。建前上は非合法なのに、実際は黙認されているのです。国内で賭博は禁止という建前なのに、パチンコが景品交換という形をとれば大人はガンガンお金をつぎこんでいる。こういう社会が、ルールに対する感覚を麻痺させてしまうのです。

日本においては、強盗や殺人といった凶悪犯に対する法感覚と、それより軽い犯罪に対する法感覚が多いに異なる。前者は「犯罪であり、悪であり、行ったら罰せられる」という法感覚が浸透しているが、後者は「違法だが悪かは微妙。行っても滅多に罰せられないし、罰せられたとしたら悪いのは運」というのが法感覚に思える。

そしてなぜこういう法感覚になってしまったかの理由として、「99%有罪ルール」をありとあらゆる方面に適用しようとしてきた当局の姿勢を上げざるを得ない。「確実に起訴できるものしか起訴しない」という姿勢では、こうした軽い犯罪を摘発しても割に合わない。それどころかパチンコに至っては警察OBの天下り先にすらなっている。こうした現状が、市民を「臣民化」しているのである。

元検弁護士のつぶやき: 「有罪率99%」は謎か異常か?-コメント欄
ただ言えることは、警察も検察も国民の信頼なくして仕事ができませんから、本能的な歯止めはかかるのではないかと楽観しています。

この脳天気ぶりに嘆息せざるを得ない。

国民は当局を信頼しているのではない。当局を怖れているのである。怖れているから、やってもいない犯罪を「私がやりました」と自白してしまうのだし、逆に当局があまり目をこらしていないところでは非合法黙認が横行するのだし、そして時代遅れの法があってもなかなか改正されないのである。

当局が恐怖と信頼をはき違えている限り、おそらく現状は変わらない。「お上」のままでいようとする当局と、「下々」でいることに甘んじている有権者のどちらが悪いのだろうか....

Dan the Civilian