初掲載2007.02.04

脱帽。


不完全性定理

数学的体系のあゆみ
野崎昭弘

もしかして、今まで読んだ数学書の中で最高傑作かも知れない。

著者の野崎昭弘は、「詭弁論理学」の著者にして、「Gödel, Escher, Bach(GEB)」の訳者。安野光雅と「石頭コンピューター」を共著した人でもある。私は「πの話」以来のファンなのだが、その野崎昭弘が不完全性定理にガチで対峙したのが本書だ。

目次
  • 第1章 ギリシャの奇跡
  • 第2章 体系とその進化
  • 第3章 集合論の光と陰
  • 第4章 証明の形式化
  • 第5章 超数学の誕生
  • 第6章 ゲーデル登場

本書は、「不完全性定理とは何か」だけではなく、「公理とは何か」「定理とは何か」をまずきちんと解説した上で、「不完全性定理は人にとってどんな意味があるのか」までを説いている。凄いのはそこに留まらず、「なぜ公理なのか」「なぜ不完全性定理」なのかまでちゃんと示している事だ。

それでいて、本書は全く堅苦しくない。伝記と証明と図版と感想の分量が絶妙で、これならGEBを最後まで読み通せなかった人でも最後まで読める。ユーモアさえそこにはある。

p. 122
「自己言及を含むパラドックスの例を挙げよ」という私の試験問題に対するある女子学生の解答:
  「美人は損をする」
きっときれいな子なのでしょうが、私の講義をきいていなかった....

難易度から言っても、「オイラーの贈り物」と同等かやや低い。これなら中学生でも読めてしまう。ヤバい。ヤバすぎる。値段は1,100円と文庫としてはやや高いが、このクォリティを考えたら安すぎる。

こういった一般解説書は、専門家から見ると大事なところをはしょったり、重要なところで勘違いしていたりとということも少なくないのだが、本書に関してはその心配も無用。なにしろ著者自身その専門家である上、なんといってもゲーデルの不完全性定理そのものを翻訳した林晋の査読を受けている。本書は1996年に単行本として当初出版されたが、文庫化される際に林氏から指摘を受けた過誤は可能な限り直したとのことである。

よって、本書はこちらよりも「買い」ということになる。

こちらはこちらですごい本。なんといっても原典だ、これが自国語、しかもわずか735円で買えるということは不完全性定理なみの奇跡なのだけど、難易度はやはり低くない。実際ゲーデルの論文の翻訳部分は60ページほどで、残りは全て解説にあてられている。

404 Blog Not Found:書評 - ゲーデルの哲学 - 「他にも」さんのコメント
ゲーデル不完全性定理の頃の数学の状況を踏まえて書かれた本として、
↓これもなかなか良いですよ。ヒルベルトの話が中心のようになっていますが渾身の作だとおもいます。オススメです。

このコメントの通りなのだけど、読む順番としてはやはり「野崎本」が先の方がよいだろう。「野崎本」を読んだ後なら、「岩波文庫版」も余裕をもって読み進める事ができる。

話をその「野崎本」の方に戻すと、本書がなにより素晴らしいのは、本書が野崎昭弘による論理学=超数学の感想文となっていること。「私が教えてやる」ではなく「今から解説するこれについて、私はこう思う」という姿勢が全面的に貫かれていることだ。だから極めて「対話的」に読み進めることができる。私はあまりにうなづきながら読んだので、首が痛くなってしまったぐらいだ。

その野崎昭弘先生の不完全性定理の感想には、正直癒された。できれば私がこの定理を知ってしまったときに、これに巡り会いたかった。

pp. 267
  1. まず「結果のスケールが大きい」と思う。(以下略)
  2. また「目標の設定を称賛すべきである」と私は思う。(以下略)
  3. さらに「方法が独創的である」ことも忘れてはならない。(以下略)
  4. 「このような結果が、人間の知性によって、厳密に証明された」ことのすばらしさも、強調しておきたい。
  5. さいごに、ゲーデルの不完全性定理が「理論の終わり」ではなく、「新しい理論の始まり」になったこともつけくわえておきたい。(以下略)

そうなのだ。あまりに壮大な物語が終わったあとには、人生も終わったと錯覚してしまうことがある。しかし物語は終わっても人生は続くのである。数学も、また。

Dan the Incomplete