読了して思わず出た感想。
ラテン語は、ミトコンドリアだ。
本書「ラテン語の世界」は、「ラテン語入門」ではなく、「なぜラテン語を知っておくべきなのか」を解いた本だ。ラテン語の有用性を解いた本は数多くあるが、本書ほど説得力がある本は今までなかったのではないか。
目次- ラテン語と現代
- 世界のなかのラテン語
- ラテン語文法概説
- 拡大するラテン語
- ラテン語と文学
- 黄金時代の文学者
- 白銀時代の文学者
- ラテン語の言葉あれこれ
- 変わりゆくラテン語
- ラテン語はいかに生き延びたか
- 中世ラテン語
- その後のラテン語
ラテン語は現代世界において唯一、特権的地位を維持している言語であると書いた。その特権的地位を奪えそうな言語は他には見当たらない。英語でもダメである。
「ちょっと待って。死んだ言葉のどこが特権的なのだ?」と思った人は、半分正しい。21世紀の最初のdecade(これ相当の日本語ってないねえ)も後半に入った今、ラテン語をマスターしても職を得られるわけではない。異性を口説けるわけでもない。挨拶ひとつままならない。そういう意味では、バチカンを抜きにして、「ラテン語オワタ」というのは嘘ではない。
しかし、例えば英語でも、何か新しい言葉をひねり出したいと思ったら、ラテン語にいやでもぶちあたる。新発見の生物種に名前を付けたいとなったら、今でもそれはラテン語でなされる。ルネサンスとは(renaissance)はイスラム圏経由のローマ再発見であったが、それはラテン語の再発見でもあった。
面白いことに、このラテン語再発見は、ラテン語復興とはならず、代わりにラテン語は学術用語などの「サブ言語」としての地位を得た。私が「ラテン語はミトコンドリア(mitochondria)」といったのはこのためだ。もともと独自の生物だったものが、別の生物に取り込まれて、今ではその生物にはなくてはならない一部となっているという意味において。もっとも、mitochondriaはラテン語ではなくてギリシャ語由来なのだけど。
このあたりはイスラエルとともに復興されたヘブライ語と実に好対照なのだけど、おそらくそうなったことが、著者の言うところの「特権的地位」をラテン語が得るのに決定的な役割を果たしている。もしある国でラテン語が復興したら、その国が衰退した途端復興したラテン語も衰退せざるを得ない。しかしラテン語はサブ言語であるが故に、多くの言語に取り込まれ、そうなったが故にどの言語が盛衰しても命脈を保ったのだ。
そのラテン語を取り込んだ言語の中に、今では日本語も入っている。このあたりの著者の主張は是非本書で確認して欲しいが、アルファベットをローマ字と呼ぶのは実に適切なのだ。日本語は今までは主に英語経由で間接的に取り込んでいたが、本書がきっかけとなって直接取り込みに切り替わったら....というのは私の妄想だけど。
ラテン語は、面白い。しかしその面白さは大人になってみないとわかりづらい。ナンパにも使えない言語を学ぶというのは若者には苦痛以外の何ものでもない。そしてその有用性に気がついたころには、舌が硬くなっている。ラテン語が滅びないかわりに復興もしない理由が多分そのあたりにある。
ところで、ラテン語の発音は日本人向けなのだそうだ。特に長母音の発音を区別する点がそうで、森と森井と毛利を区別できることが重要だとのこと。こういう知見は今までのラテン語礼賛本にはなかった。塩野七生の「ローマ人は風呂好き」に通じる「へえ」が本書にはたくさんある。
ラテン語と同じですぐには役に立ちそうにないけど、あとでじわじわ効いてくる一冊。
Danus Scriptoris Textus
追記:
On Off and Beyond: 英語では「っ」や「−」は区別ナシえっと、英語的には、ヒーローも、ヒロも同じ発音です。ついでに広尾も。長く言おうが短く言おうが、さらには小さい「ツ」が付こうが、同じ音として認識される。
シンクロニシティってあるんだなあ。

「来て」「聞いて」「切手」の発音を区別できるか?と。
いまだかつて、この違いがわかる現地人に出会ったことがありません。