正三郎さんのblogを読んだ妻にせがまれたので購入。

前評判どおり「ヤバい」本であった。しかし「ヤバい」のは問題設定であり、むしろ出てきた結論はヤバくないじゃんと思った私はヤバいのだろうか。

本書「ヤバい経済学」は、一言で言うと、誰もが気にしていた問題を、それまで誰も -- ましてや経済学者は -- 使わなかった視点で分析した本。ということになる。

目次
  • 説明のためのノート
  • 序章 あらゆるものの裏側
  • 第1章 学校の先生と相撲の力士、どこがおんなじ?
  • 第2章 ク・クラックス・クランと不動産社屋さん、どこがおんなじ?
  • 第3章 ヤクの売人はどうしてママと住んでいるの?
  • 第4章 犯罪者はどこへ消えた?
  • 第5章 完璧な子育てとは?
  • 第6章 完璧な子育て、その2 -- あるいは、ロシャンダは他の名前でもやっぱり甘い香り?
  • 終章 ハーヴァードへ続く道二つ

とはいうものの、日本には門倉貴史がいるので、私は本書を読んでもそれほど驚きはしなかった。むしろfreakonomistとしては、Levittよりも門倉の方が私は上だと思う。本書に出てくるデータはほぼ全て他者からの提供だが、門倉氏の場合は、一次データを自分で蒐集するのも厭わない。目のつけどころのヤバさも、門倉氏の方が一枚上だ。

しかし、読み物としてどちらが面白く仕上がっているかといえば、本書に軍配が上がる。これは共著者であるDubnerの功績だろう。本書の特長は、目をつけて分析する人と、それをまとめて発表する人が別れているところだ。「説明のためのノート」によると、共著を提案したのはLevittの方だったようだ。こういう分業が出来る所に、かの国の懐の深さがあるように思う。「日本は市場が半分弱」というのはいいわけとしては弱い。漫画界は原作者と作画者という形でずっとそれをやっているのだから。

本書は間違いなくわかりやすく面白い。さもなくばミリオンセラーとはならないだろう。しかし、本書の主張が正しいかはまた別問題でもある。

本書で取り上げたヤバい話の中で、一番ヤバいのはやはり「合州国で犯罪が減少したのは、中絶合法化のおかげ」というものだろう。著者達の主張は、中絶合法化により、低所得者は子供を産まなくなり、それが犯罪者予備軍を減らしたというものだ。筆者達は統計を駆使してこの結論に至ったのだが、本当だろうか?

少なくとも、日本の事例と比較する限り、著者たちの主張は支持し難い。下の二つのグラフは、上が中絶率、下が殺人や傷害致死といった、刑法犯による死亡者の推移をそれぞれ表したものである。

99/07/21 生涯を通じた女性の健康施策に関する研究会報告書についてより

http://www.shiojigyo.com/en/column/0512/main.cfmより

見てのとおり、どちらも減っているのである。特に中絶率は、出生率の低下以上に減少しているのだ。日本は中絶や子殺しに対して甘い国だというイメージがあるが、長期的にはそうでもなくなってきてる。むしろ中絶に関しては、合州国の方が日本よりも甘いようだ。「ヤバい経済学」によれば、合州国における年間の中絶総数は150万。これに対し日本は30万。人口比を考えれば合州国の中絶率は倍近くになる。

もし著者達の主張が正しければ、合州国とは逆の現象、すなわち犯罪率の増加が日本で起きてもおかしくないように思えるのだが、実際はその逆だ。

とはいえ、私は著者達の主張がデタラメというつもりもない。子供を育てるには充分な資本が必要で、これが不足すると子供たちが犯罪に走る確率が増えるというという「遠因」には私も同意する。ただ中絶合法化によって子供を育てるのに充分な資本を持った家庭で子供が育てられる確率が大きくなったことを立証するには、著者達が示した証拠では足りないことは確かだろう。

そういった意味で、本書は読むだけでは「ヤバい」本だと思う。実際にそこに書いてあることを疑いながら、時には自分でそれが本当かどうか調べてみる。そういう「使われ方」が本書にはふさわしい。本書は問題提起の本であって問題解決の本ではないのだから。

実のところ経済に限らず、およそ学というものは、それが学であるうちはヤバくない。本当にヤバくなりうるのは、その知見が現実に適用される段階だ。だからこそ、経済学に限らず学はもっとヤバいものであって欲しい。実際の世界では、ヤバいどころかデータ不足のまま決断が迫られ、その決断がマズければ責任を取らされるのだから。ヤバくもない学者に給与を払うことこそムダというのは言い過ぎだろうか。

Dan the Freakonomic Animal