同感、なのだけど、そう言い切るには、なぜ男が「妊娠を打ち明けてきた彼女に堕ろしてくれ」というかを考えずにはいられず、そしてそれを考えると、「同感」の一言でまとめるのはあまりに痛い。

セックスより完全なもの - 中絶で胎児の命を奪うなんて許しがたいから中絶医は殺しちゃおうぜ
中絶なんて許せねえ!とかいう男に限ってうんちのオムツひとつ替えられねえじゃねえかオマエ脳みそぷっちんプリンか! ……じゃなくて、中絶なんて許せねえ!という男のひとは“妊娠を打ち明けてきた彼女に堕ろしてくれって言う男”を全滅させてくれたらいいと思います。いや女が中絶するのは何もかも男のせいですとは言わない。言わないけど女だって男に堕ろせと言われても1人で産んで育てられるような強い女ばっかじゃねえよ? 

なぜ彼は彼女に「堕ろしてくれ」というのか?

父親になるのが、怖いからだ。

彼女の愛を、子供に奪われるのが怖いからだ。

「1人で産んで育てられるような強い女ばっかじゃねえ」のと同様、子供が出来たら責任は取るほど強い--あるいは責任を軽く考えている--男ばかりではないのだ。

むしろ、責任感が強い男の方が、自分の責任担保力に自信を持てず、その結果「堕ろしてくれ」という結果になりやすいのではないか。

妻が長女を身ごもったときには、私自身そういう葛藤があった。そして堕胎も選択肢の一つとして考えた。考えただけではなく、そういう選択肢もありうるという話もしたし、産科医にもその場合にはその選択肢を選んだ場合何が起こるのかを率直にたずねた。結局私は父親となることを受け入れたのだが、しかし二つ返事は出来なかった。私がこうした態度をとったことで、妻は確実に苦しんだはずだし、長女も年頃になったらその事に悩むのだろうけど、私はそのことを隠すつもりはない、というよりそれを偽れるほど器用ではない。

私は結果として「できちゃった婚」もせず(すでに入籍後一年以上経過)、私の知る限り誰にも堕ろさせずに今に至っているが、それはあくまで結果であって、私が良き夫にして良き父親候補だったからではない。

今の私は父親になれたことに感謝している。

オニババ化する女たち p. 238
子供は親を許すために生まれてくる

というのは本当だ。そのことに比べれば、おむつを替えるなんぞそれこそ屁のようなものだ。今ではあれほど臆病だったかつての自分を調子がいい時は笑うことすらできるし、次女の時には堕胎という選択肢は頭さえよぎらなかった(私の方は計画していなかったというのは長女と同様。妻は無意識に狙っていたようだが)。

しかし、それが一般化できないことも私は知っている。この件に関しては、個々の妊娠の数だけ各論があるだけなのだ。他者の体験に耳を傾けたり、自分の体験を人に語ったりは出来るが、それを一般論化し、その結論を粛々と受け入れられるほど強い男女などいるのだろうか?もしそうなのだとしたら、その人は強いのではなく鈍いのだ。「中絶なんて許せねえ!とかいう男」という台詞は、彼の強さではなく鈍さの証しなのだ。

「妊娠を打ち明けてきた彼女に堕ろしてくれって言う男」を女が見抜けない理由も、また然り。もし一般論化されているのであれば、見抜くには一般論をその男に適用するだけだ。しかし妊娠を打ち明けたとき男がどう振る舞うかは、実はその時になってみないとわからない。自分が今この瞬間に妊娠したか以上にわからないはずだ。

だからこそ、一般論で切れるところはあらかじめ切っておきたいとも思う。例えばセックスと中絶の間には、避妊という選択肢がある。昔ならとにかく、今では低容量ピルだってある。返答に窮する設問を投げかける前に、やっておけることは確かにあるのだ。

そして一般論としてはもう一つ、「男は妊娠しない」という事実がある。この事実がある以上、男が対当たりえるのは避妊までで、中絶するか出産するかという選択に対しては当事者とはなりえない。当事者となりえない以上、意見は言えても決定権はない。「中絶なんて許せねえ!」という資格を、そもそも男は持たないのである。この事に関しては、法律を定める権利すら男にはないと私は思っている。彼女が堕ろすと決めたら、彼に許された選択肢はせいぜいその費用を負担するぐらいしかない。そして彼女が産むと決めたら、父親になるかあるいは養育費を払って去るかしかない。どちらも出来ないという男には、それ以前にセックスする資格がない。

もっともその資格を判定し、そしてその判定に対する責任を負うのは女であり、だからこそ男の強さよりむしろ弱さをきちんと見て欲しいと願わずにはいられないのだが....

Dan the Man