初出2007.04.14; 週明けまで更新掲載

この私になぜか献本いただく。

添え状がないので編集部のどなたがどのような意図を持って私を送付先の一つにして下さったのかは憶測するしかないのだが、これほどありがたい献本はない。

なぜなら、本書のために選び抜かれた言葉は、一つの例外なく「ほんとうの助言」だからだ。

本書「人生の鍛錬」は、批評家小林秀雄の数々の名言を、新潮社が全集から416言厳選したもの。小林秀雄という前世紀のアルファブロガーを、さらに新潮社というアルファブックマーカーがブックマークしたものというのは[これはひどい]たとえだろうか。

My Life Between Silicon Valley and Japan - 「「個」として強く生きること」と「ウェブ・リテラシーを持つこと」の関係 より孫引き
心掛け次第で明日からでも実行が出来、実行した以上必ず実益がある、そういう言葉を、ほんとうの助言というのである。

本書に集められた言葉は、一つの例外もなくそういう言葉である。その言葉は鋭いが、きちんと受け止めれば怪我をすることはない。よく切れる刃物とというのは、単に切る対象をよく切るのみならず、正しく使えば切ってはならない対象を決して傷つけないものだ。

それらの言葉がいかにそうであるかは、目次を見るだけでよいだろう。

目次
  1. 批評とは 竟に己れの夢を 懐疑的に語る事ではないのか
  2. 君は解るか 余計者もこの世に断じて生きねばならぬ
  3. 確かなものは覚え込んだものにはない 強いられたものにある
  4. 広く浅く読書して得られないものが 深く狭い読書から得られる
  5. 不安なら不安で 不安から得をする算段をしたらいいではないか
  6. 誤解されない人間など 毒にも薬にもならない
  7. 美しい「花」がある 「花」の美しさという様なものはない
  8. モオツァルトのかなしさは疾走する 涙は追いつけない
  9. 人間は 憎み合う事によっても協力する
  10. 美は信用であるか そうである
  11. 見ることは喋ることではない 言葉は眼の邪魔になるものです
  12. 考えるとは 物と親身に交わる事だ
  13. プライヴァシーなんぞ侵されたって 人間の個性は侵されない
  14. 宣長が求めたものは 如何に生くべきかという「道」であった

恥ずかしながら、私は本書を読むまで小林秀雄は孫引きでしか知らなかった。いや、実は本書も「新潮社編」なので孫引きではあるのだが。しかし塩野七生も梅田望夫も好んで引用することは知っていたし、またこうした引用によく耐える、優れた「道具」の提供者だということは知っていた。

本書を読んですぐ気がつくのは、文章が現代仮名遣い、漢字も新字体に改められていることだ。ただし、カタカナの固有名詞(例えばランボオ)や、新字体に改めるとニュアンスが変わってしまう単語(例えば悧巧)はそのままである。こうした「変更」は、原典至上主義者の神経を逆撫でしがちだが、小林秀雄の場合、それがほとんど気にならない。小林秀雄本人の言葉を借りれば、

ローマ人の物語IV pp.179-180より孫引き
小林秀雄 -- 紀元後一九四二年・記 [ガリア戦記を評して]

訳文はかなり読みづらいものだつた。だが、そんな事は少しも構はぬ。発掘された彫刻の表面が腐食してゐるようなものである。

そう。小林秀雄の言葉には、普遍性がある。仮名遣いの変更程度では失われないだけの。おそらく何語に翻訳しても、そして古今東西誰にそれを見せても、その芯は失われないだろう。まじめな話、本書は各国語訳を出しても売れるのではないだろうか。新潮社におかれては是非検討していただきたく。

世に名言集の類いは多い。が、単一の発言者のものでどれか一冊と言われたら、私は間違いなく本書を推す。本書には誰にも使えて、しかし誰にも紡ぎ出せない言葉が凝縮されている。その言葉には、ムダがないにとどまらず、ムラもムリもない。

小林秀雄はダイアモンドである。ただし、指輪やネックレスではなく、ガラス切りやロックウェル硬度計の先端についた、ダイアモンドである。誰もが使えるようにしておくべきである。誰にも作れるものではないのだから。

Dan the Nullingual