ハーバードMBA留学記」と一緒に頂いたのが、本書。

初出2007.04.16; 新版登場につき改訂

この一年、いや数年のうちに読んだ中で、もっとも目から鱗を落としてくれた本であった。

本書「生命保険入門」はまさに文字通りの本である。これから生命保険に加入する人々のための入門であると同時に、これから生命保険業界に入る人々のための入門でもある。地味な表紙、そしてそれが岩波書店から刊行されていることから、後者の意味合いにしか受け取らぬ人の方が多いかも知れないが、実は前者、すなわち生命保険加入者こそ読むべき本である。

  1. 生命保険とは何か
    1. 生命保険とはどのような金融商品か
    2. 生命保険の歴史
    3. 生命保険はどのような仕組みになっているか
    4. 生命保険にはどのような種類があるか
  2. 生命保険会社の仕組み
    1. 生命保険会社の組織
    2. 生命保険会社の資産運用
    3. 生命保険に関わる法制度
  3. 岐路に立つ生命保険業界
    1. 生命保険業の直面する課題
  4. 生命保険とどうつきあうか
    1. 上手な生命保険の利用方法
    2. 理想の保険・サービスを考える

生命保険がいかに巨大で、にも関わらずいかに知られていないかを、著者の出口氏本人に語ってもらう事にしよう。

まえがき
わが国は世界で一、二を争う生命保険大国である。生命保険の普及率は全世帯の90%に達しており、およそ生命保険を知らない人はまずいないといってよいだろう。

ここまでは、知らない人はいないだろう。私が知らなかったのはここからだ。

各世帯が払い込む生命保険料は実に年収の9%を越えている。

これを見てもピンと来ない方は、日本のGDPにこれを掛け算してみればいい。その額年間45兆円。国民医療費を5割上回るのだ。この45兆円というのは、ストックではなくフローである。ではストックはどうか?

本書のp.123に、驚くべきグラフがある。それによると2000年における日本の生命保険の保障総額は、GDPの4.4倍。倍率でしか書いてないが、GDPの数値を代入すれば、それが2200兆円であることはすぐに出てくる。

ちなみにこのデータは以下から入手することが出来る。是非ご一読を。

これだけの巨大産業を、我々はどれだけ知っているか?我々は平均して月に4万5千円もの生命保険料を支払っているが、それだけ支払っているのはなぜなのか?支払われた保険料はどこに行くのか?そして我々が死んだときに支払われる保険金を、生保各社はどこからまかなっているのか?それらの答えは、本書の中にある。

本書を一読してみて、なぜ私はこれほど生命保険に関して無知であったのか、というより無知である事を平気で放置していたかを考えざるを得なかった。考えてみた一応の結論は、それが生命保険という商品の他の商品にはない特性に由来するということである。

我々が購入する商品のほとんどは、金融商品に限らず、そのライフサイクルは一生より短い。我々は単にそれを購入するだけではなく、それらを利用し、そしていずれかの時点で転売したり解約したり廃棄したりするが、いずれにせよ我々は商品との出会いから別れまで、一通りの体験をする。その体験を通して我々はその商品に対して「こんなものだ」という感覚を得る。これは、同じ保険でも損害保険に関しては同様だ。自動車保険などは、その世話、すなわち保険料の請求を実際に経験した人も少なくないだろう。

ところが、生命保険の場合、そのライフサイクルを購入者として体験する人はいない。そのライフサイクルの最後の段階で、あなたはすでにこの世の人ではないのだ。いや、実は他者にかけた生命保険に関してはそれを体験する可能性もあるし、積極的にそれを体験しようとする人もいるが、それは保険金殺人という名の犯罪である。生命保険にはそういった「悪魔のインセンティブ」が存在することは、本書もきちんと指摘している。

話がずれてしまった。確かに保険金殺人も保険金自殺もあるけれども、たいていの人はそれを目当てに生保に加入するわけではないだろう。生保に加入するときに考えるのは、せいぜい自分が死んだ後どれだけの金額が必要になるか、そして月々の支払いがいくらになるのか程度だろう。生命保険どおしを比べることはあっても(実はそれも少ない)、生命保険の仕組みにまでは思いを馳せない人が多いのではないだろうか?

しかしご存じだろうか?生命保険料のうち、実際の保険金の給付に回る金額は六割程度に過ぎないことを。残りが生保各社の取り分だ。もちろんその全てが利益にまわるわけではなく、「ニッセイのオバチャン」ことセールスレディーたちの人件費をはじめとする販管費も莫大なのだが、生命保険の商品としての効率の悪さは際立っている。しかしその非効率を、我々は生きながら体験することはないのである。あなたが生前いくら保険料を支払おうが、満期保険金を除きあなたがそれを受け取る事はないのだから。掛け捨てならもちろんその金額はゼロである。

そういう商品だからこそ、仕組みから理解しておかなければならないのである。その意味で、本書は常備するに値する「生命保険の保険」である。その「保険料」は2500円。月々ではなく一回限りである。これは、あなたが一生のうちに支払う保険料の5000分の1弱である。買ってすぐ読まなくても 、積読でもある程度効用があるはずである。セールスレディーとの対話で本書を傍らにおいておくだけでかなりの効果を見込めるだろう。

それでも「元は取れる」のであるが、しかしできれば通読しておきたい。本書は面白おかしく書かれた本ではない。色鮮やかな生命保険各社のCMと比較して、本書は何と地味なのだろう。だからこそ、もし読むのであれば目を開いて読むべきである。目を開けば開くほど、多くの鱗を落としてくれる。本書はそのような本である。

Dan the (Over)?insured Man

追記2009.12.24:新版は税込みで2,730円とちょっと値上がり。正直5,000円出しても損しない内容ではあるのだけど、人というのは絶対値よりΔを気にするもの。据え置いて欲しかったなあ。もっとも「生命保険のカラクリがすでに「廉価版」として存在しているので、棲み分けまで考えるとこれもありではあるけど。それにしてもAmazon、もう在庫切れですか