献本頂いて恐縮なのだが、本題に行く前に一言。

献本の添え状より
なお、大変勝手ながら、書店に並ぶのが五月八日(火)頃からになります。ブログなどのメディアでお取り上げくださる場合は、五月八日以降にお願い致します。

あーっわかってないっ。

いくらネットの世界とはいっても、ある発言ががネットを伝播し、botにcrawlされるにはある程度の時間がかかる。はてブなどSBMの利用層に対してそれは24時間を切るが、それが検索エンジンの検索に反映されるには数日、そして別メディアがその発言を再掲載したりするには1週間から数週間の時間がかかる。それを考えれば、本屋に並んでからでは遅すぎるのである。本書が私の手元に到着したのは5月2日だが、おかげで一週間も「すって」しまったことになるではないか。献本していただいた手前添状のリクエストは尊重したが、以後はもう少し考えて欲しい。というか、Amazonに表紙画像がまだ上がっていないというのはどうか。ちなみに上で使わせていただいた画像は梅田さんのページからのホットリンク。

で、本題。

本書「フューチャリスト宣言」は、どちらも片方だけで著者名だけでかなりの売上げを見込める梅田望夫と茂木健一郎の対談集。著者名だけで売上げを見込めるということは、裏を返せば著者名を損ねるような品質には出来ないわけで、その点においては本書は料金分以上は楽しめる作りになっている。

編集も、「ウェブ進化論」の時よりも少しよくなっている。たとえばURIは「ウェブ進化論」は章末にまとめていたが、今回の「フューチャリスト宣言」では発言直後に括弧付けになっている。たとえば「青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)」という具合に。この方がずっと読みやすい。URIはできればこの形式で、少なくとも同じページでの脚註にしてもらいたいものである。

それでもなお、思わずにはいられない。

なぜ、この赤くなるしかない朱のまぜあわせという組み合わせにしたのか。

確かに対談者は互いを多いに楽しんだことだろう。それを見て楽しくなる読者も少なくないだろう。

しかし、それは本当に未来を担う者達を資するのだろうか。

以前、私は以下に対して、

blog.bulkneets.net : [あとで消す] 梅田望夫さんの感動的なお言葉
ところで、お前はてなのコードどんだけ書いたの?

こう答えた。

404 Blog Not Found:君たちの感動的なお言葉

*.hatena.ne.jpのコードなら一行も書いてないだろう。しかお前にとってのコードってそれだけか?ちいせえなあ。

梅田望夫は、株式会社 はてなのコードを書いているんだよ。それがトリビアルな仕事だと思うか?オレは今も両方のコードともチンタラ取り組んでるけど、両方ともガチで取り組むのは2年が限度だったぜ。

あと、ウェブ進化論って本も書いてる。ダーウィンがゾウガメになったりフィンチになったりしてないからってダーウィンが何もやってないことになるか?

こう答えたものの、私もまたbulkneetsのいらだちを共有、いやいらだちに共振している。

p.87
梅田 ...一年前より今の方がグーグルは賢いわけだけど、それに寄与しているということに、僕は一番抵抗感があったんですよ。消費されて、やられている感。
茂木 その段階は、もう越えたのですか?
梅田 超えました。僕がグーグルを賢くしてやるんだよ、と開き直った(笑)。「マトリックス」の電池になってやろうじゃないかと。それが僕の社会貢献の姿なんだとね。

bulkneets(複数形に注意)に、彼らが梅田望夫を賢くしてやるんだよ、と開き直れるほどの価値を、梅田望夫は与えているのだろうかということを、梅田望夫はもっと考える必要がある。少なくとも、the bulkneet(定冠詞に注意)の問いかけにはガチで答える必要がある。

とはいえ、梅田望夫は、まだ自分の役割を分かっている。自分が未来を作る者ではなく、託す者であることであることをよくわかっている。はっきりしないのは、茂木健一郎の態度。自分が作る人なのか託す人なのかはっきりしない。ProphetになりたいのかEvangelistになりたいのかはっきりしない。Prophetになりたいのだと口は言っているが、率直にいって行動が伴っているようには見えない。それが fashionable nonsense だという批判につながっているのだろう。要するにふっきれていない....

....というの意見に対し、梅田望夫が本書のあとがきでそれを先読みした上で反論している。この反論は本書で確認していただきたいのでここには書かないが、しかし私にはその反論はひいきの引き倒しにしか見えなかった。「アインシュタインではなくダーウィンへ」。確かに fashionable だ。しかし私としては、例えばヤリイカを飼うためだけに五年間苦悩し続けた松本元の方こそ本物に思えてならない。少なくとも池谷裕二を読んだ時に感じた、「科学の現場を作る人」という印象を茂木健一郎から受ける事はなかった。

それが悪いというのではない。EvangelistにはEvangelistとしての役割がある。しかしEvangelistがProphetを騙るのは、どんな宗派においても最高の背信行為であることは変わりないのだ。素人の目には茂木健一郎はそのように映ってならない。

両氏にお願いがある。次に対談する時には、自分がこの人だけとは話ができないという相手にあえて対談していただきたい。「こちら側」の代表としてはナベツネあたりが、そして「あちら側」代表としてはthe bulkneetあたりが個人的な希望。

敵と語る。実はそれこそが、セレンディピティに至る最短の道なのだが。

Dan the Man Who'd Choose the Red Pill