経営者の自慢本といえば自慢本である。
しかし、自慢の対象が、他とは全く違う。
本書「リクルートのDNA」は、リクルート社をゼロから創った江副浩正が、現代のリクルート社について外から語った本。リクルート事件について当事者の証言を読みたいという人は、本書を買っても肩すかしを食らうだけだろう。
それでは江副は、本書で何を自慢したのであろうか。
リクルート社が輩出してきた人材、である。それがいかに多彩であるかを知らないビジネスマンはもぐりであるが、本書にそれをまとめられると圧巻だ。東京大学TLOの山本貴史、iモードの生みの親、松永真理、ゴールドクレストを創立した安川秀俊。USENの宇野康秀もそうだ。
書物としてこれだけ凡庸な一冊が、これほど壮快な理由がこれである。
正直「エゾリン」は筆が立つ人ではない。それは本書を読めば悲しいほどよくわかる。しかし彼ほど人を立てた、それもヨイショという意味ではなく文字通り本当に社員を独り立ちさせてきた人が日本にいただろうか。
そんな彼に日本という国が行った仕打ちは、優しいとはとてもいえなかった。リクルート事件というのは、ある意味に日本離れした江副が、過剰に日本にすり寄ったため起きた事件とも言える。彼の立場にしてみれば、日本には二重に裏切られた思いをしたのではないか。
しかし本書にはそんな日本に対する恨み言は一言も書かれていない。読者としては肩すかしだが、それが書かれていないことにこそ江副の凄さがある。本書は江副ではなく、「リクルートのDNA」保持者たちの功績を褒めることに費やされている。
圧巻なのは、第六章の終わり。安比高原スキー場は実は江副氏が手に塩をかけて育てたスキーリゾート。しかし業績不振で河野社長時代に売却される。
P. 175スキー場を建設した愛着と私自身が客室を売った五十九人の客室所有者への責任から、私がトップであれば安比の売却はできなかった。建設にも分譲にも全く関わらなかった河野社長だからできたことである。リクルートのことを考えれば売却はよいことだった。
自らの業績を否定した後任者をここまできちんと褒められる元オーナー社長がどれほどいるだろうか?
江副はおぼろげに田中角栄と重なる。壮大なビジョンを持ち、偉大な業績を上げながらも、権力の頂点において法的に巨悪にされたという点において。しかし、彼らの「子供たち」の行く末を見れば、その方向は正反対に思える。
院政を敷く事が許される政界と、それが許されない財界という違いはあったかも知れない。しかし理由はなんであれ、角栄の「子供たち」がミニ角栄にとどまったのに対し、江副の「子供たち」は華麗に親離れを果たしている。
諸君、梅田望夫をブックマークしている暇があったら、本書を手に取ってご覧。本当に褒めるって一体どういうことなのかわかるから。
Dan the Man of Mediocrity
> 書物としてこれだけ凡庸な一冊が、これほど壮快な理由がこれである。
優秀な人物を育てた、それを自慢していることが「壮快」?
もっと具体的な育て方みたいなのが書いてあるかと勘違いしたこっちも悪いのだけれど、ただの「凡庸な一冊」じゃないですか。
無理やり前向きに書くのもいいかげんにしてほしい。