まずは双方とも編集御礼。

しかし、なぜこの二つが同じ書評entryの俎上に上がっているのか、首を傾げる方も多いことだろう。

まず、「SNSの研究」は、複数著者によるSNSの研究を、一冊の本にまとめたもの。

in-between days - 新刊『SNSの研究』という本が出ます
なんかこう最近の雰囲気としてmixiって割ともうふつーになっちゃったというかちょっと飽和しちゃってるような感じもあって、かつてのドキドキ感もそれほどなくなってきたかなーっつーかそういう気分はtwitterみたいなミニブログのほうに移っちゃってるような気がするんですが、じゃあこれでSNSって業態は打ち止めですねーってことかというとそうでも無いような気がする。というかなんかここで一段落して次の展開はどうなるの? という段階なのかなとおもった。

そして「人を見抜く力」の方は、やはり複数識者による人を見抜く力を、一冊の本にまとめたもの。出版社も判型も値段もまちまちの両書だが、一つ重要な共通点があることに気づかれただろうか。

どちらも、一つのテーマに対し複数の「著者」がいる、ということ。

方や四六版の単行本という体裁であり、方やA4判の雑誌という体裁であり、どちらも「メディア」としてちぐはぐ感を否めない。まず「SNSの研究」の方は、むしろ内容は雑誌的であり、どうして単行本にして単行本価格で売るのかがいまいちわからない。逆に「人を見抜く力」の方は、確かに写真も多く雑誌的な体裁が似合いそうではあるが、しかしチリガミ交換に出すにはあまりにもったいない内容である。

「テーマドリブン型の共著」でも「ムック」でもどちらでもいいのだが、なぜそれ専用の「器」を出版社は開発しないのだろう。こういうのもなんだが、こういった図書というのは、一生ものとはなりえない。一部考現学者や好事家を除けば、いつまでも本棚に置いておける類いの本とはなりえないのだ。その一方で、雑誌のように次の号が来たら前の号は古紙として回収してもらえばいいというのも困る。必要な時に、必要なだけ本棚に置いてもらう。そんな工夫が欲しい。

その意味では、別冊宝島はそういった形態のメディアとしては、理想に近いものだと思う。あの小さすぎず、大きすぎない判型は、なぜもっと模倣者が出ないのか不思議でならない。新書は単著には向いたメディアだが、共著、それも雑誌的な図版の入れ方を求められる共著にはちょっと小さすぎる。

率直に言って、イベントがあろうがなかろうが定期刊行しなければならないタイプの雑誌の未来はそれほど明るくない。この手のものはWebにはかなわない。しかし、単一テーマ、複数著者の、今回紹介したタイプの「ムック」は、かなりいい勝負ができるのではないか。手元におかれる時間は3ヶ月から1年。このくらいの「保存期間」は、Webが意外と苦手としているタイムスパンでもある。

すでに本を作り宣伝するための環境としても、また本に対抗するメディアとしても、Webは無視できないものとなっている。本という「器」の形態は、依然「Web以前」のままだ。この点に関しては別冊宝島も変わらない。もう少し本というメディアの関係者は、自らのメディアがどういう特徴を持っているのか考えて欲しい。

ところで、「人を見抜く力」を含む「セオリー」だが、

social web rambling 「ウィキノミクス」(日経BP)、日垣隆氏が小飼弾氏をゲストにセミナー
ところで友人から「ジャーナリストの日垣隆氏が小飼弾氏をゲストにウィキノミクスの読書セミナーを開催する」と聞いた。日垣氏といえば、わが国で数少ない骨のあるジャーナリスト、それに小飼氏とのコラボとなれば、ぜひ聞いてみたいところだが、諸般の事情で、ここは友人の報告待ち。

アップデート

なんとかやりくりして6/23日の「ウィキノミクス」読書会に参加することにした。

の様子が「次号」に掲載される予定となった。読書会そのものも楽しみだが、それが紙になった時の様子も今から楽しみである。あるいは、どういうメディアにどういう風に「落とし込む」のかが。

Dan the Masher-up