空前の育児漫画。絶後でないことを祈る。
初出2007.06.22; 以後続刊ごと更新
「何をばかなことを言っているのだ」という人も多いだろう。今や育児マンガは一代ジャンルになっている。特に母親となった女性マンガ家であれば、書いていない人を見つける方が今や少ない位かもしれない。私はそれらの作品が実は結構好きだし、漫画というものを最小公倍数的に捉えれば、それらは立派に漫画なのだけど、しかしそれらの作品は、ほとんど、いや全てが漫画というより絵日記なのである。これは 「私たちは繁殖している」や「 毎日かあさん」ですら例外ではない。これらはいわば漫画としての魅力よりも、本人を含めた登場人物の魅力がウリであり、麻雀に例えれば役はリーチのみでドラ6とかという感じで、点数上は確かに満貫以上なのだが、反則じみているといえば反則じみている。
しかし、本書「榎本俊二のカリスマ育児」は違う。きちんと、最大公約数的な漫画にきちんと収まる。麻雀なら清一色、いや九連宝燈である。登場人物の絵を、 耕野裕子・榎本俊二一家というリアル一家から、「えの素」というフィクションの田村一家に代えても、きちんと作品として成り立つ。 内田春菊や 西原理恵子ではこうは行かない。「わた繁」も「毎日かあさん」も、彼女達そのものが「主菜」なのだから。
リアル(real)をシュールリアル(surreal)に描く。漫画というものの原点がここにある。
面白い、いや悲しいことに、子育ての現場というのは今やシュールリアルである。文字通り子育ては子供たちが一人でトイレに行けるようになるまでは(そしてなってからもしばらくは)クソマミレ、ゲロマミレな世界なのであるが、子育て以外の社会ではそれは「スカトロ」であり「タブー」である。こうした「自然」を排除していくのが「文明」だというのが 養老孟司の持論だが、その意味で「自然に忠実な」漫画というのは、エロ漫画にしろ下ネタ漫画にしろ、PTA推奨にはなりようがない。
しかし、本書はそんなPTAが逆立ちしても有害図書に指定しえないどころか、推奨図書に指定してもおかしくない作品に仕上がっている。「 Golden Lucky 」が理解不能で「えの素」に耐えられない人でも、本書なら大丈夫。
それでは、本書ではクソゲロが「ありのまま」に登場するかというと、さにあらず。本書は漫画であって劇画ではない。「育児劇画」があったらそれはそれで欲しいのだが、本書に登場するモノはすべて榎本流にデフォルメされている。その見事なことったら!ある意味、榎本作品は漫画の基本に最も忠実なのではないか。
なぜ榎本俊二が育児というストーリーの漫画化に成功したかといえば、これを言うと怒られるのを承知で言うと、彼が男だからだろう。女では漫画家である前に母とならざるを得ない。母であることより芸術家であることを優先する例は 瀬戸内寂聴のようにありうるけれども、育児漫画の性格上、「どちらか片方を取る」というわけには行かない。そうなると、どうしても出来上がった作品は母の絵日記となる。これは母子にとっては正しいことだし、読者もその体験を共感することが出来るのだから、それには立派な価値がある。しかしこうした絵日記たちを「漫画」というのは、やはりどこか違う、と言わざるを得ない。
男の漫画家が育児を描く事は非常に少ない。他の例としては 魔夜峰央の 親バカものぐらいではないのだろうか。しかしこれらは子供たちが大きくなりすぎているのと、魔夜峰央が漫画家モードではなく親バカモードで書いているという点において、「母の絵日記」が「父の絵日記」になっただけという言い方もできる。
天才とは、誰にも理解できなかったことを本人だけが理解することではない。誰もが理解できることを、誰にも出来ないやり方で表現するのが、天才である。よって、榎本俊二は天才である。文字通り、括弧抜き、掛け値なしの。
そしてなぜか天才というと、非家庭的な存在であるという偏見がなぜかある。偏見というにはそれを裏付ける事実があまりにも多いような気がするが、少なくとも、榎本一家においては家庭と天才は両立する。これが必然的な奇跡であることは、愛ある暮らしを見れば裏付けが取れる(実はこの作品は、「カリスマ育児」が一部引用されている)。奥さんは榎本に惚れる前にゴッキーに惚れていたのだ。インフォームドコンセントが済んでいたのだ。
漫画ってすごい。家庭ってすごい。そしてこの二つをあうふへーべんしてしまった榎本俊二は、正真正銘のパイナップルなモンステラをやりとげた大プラタナスである。漫画は漫画、家庭は家庭、格段は格段よ((c)田村香織)。
Dan the Father of Two
リー即ツモタンピン三色表裏倍満ってな感じで,運と技術を兼ね備えた見る者を唸らせるラグジュアリーな手こそが,この本を例えるに相応しいプロの技術と呼べるのではないかと思うのであります。
私なんか大抵配牌の時点で諦めてますが○| ̄|_