ある意味その逆の話。
努力すれば格差を乗り越えられる、なんて思いつかなかったでも、あのとき先生があそこまで食いさがらなかったら、僕は大学になんて行ってなかったと思う。
あの先生が担任で、僕は運がよかった。結局お金は借りずにすんだけど。
私は早々に日本の高校には行かないことを決め、その旨を中学校側に話してあったので、そもそも進路相談なるものをしたことがない。とはいえ、その後に海外の学校に行く事は決めていたので、成績だの内申書だのは必要なので用意させた。
本来内申書というのは本人が読むものではなく、学校が学校に送るものなのだが、「海外に送付する予定だが、英語版も用意出来るか」と尋ねると、「英語版までは用意できないので自分で翻訳して」くれとのことで、私は自分の内申書を見る事が出来た。
その内容を見て、笑ってしまった。
5段階評価の通知表の評価から、どの教科もまんべんなく1づつ引かれていたのだ。どうせなら全部1にすればいいのに、さすがの学校側もそこまでずうずうしくはなれなかったようだ。
どうやら、ここで私から1づつ引かれた評価点は、別の誰かに行ったようだ。今はどうだかわからないが、当時は内申点というのは相対評価で、学校が持っている「総内申点」数は一定だったと聞いている。だから、私から引かれていた点は、確実に別の誰かに配分されたというわけだ。それで「一つ上」の高校に言った奴もいるのだろう。それが誰なのかは知らないが。
当時も今も、恨めしい気持ちも憎らしい気持ちも湧かなかった。当時の私の学校に対する態度を見れば、むしろ必要以上に点をくれた方だろう。結局内申書はその後使わなかったので、内申点に実害がなかったということもあるのだが、それよりも学校側の手口のいじましさに、当時の母と私はそれを見て多いに笑ったものだ。
ただ、その時はっきりとわかったのは、自分がいなくなることで得をする人は、世の中に必ずいるという、ごく当たり前の真理だった。それ以前もそのことは頭でわかっていたが、体でわかっていたとは言いがたい。私が中学で習った事で、最も、いや唯一役に立ったのは、これかも知れない。
増田の当該発言の人のような、前途有望な人のところに行ったなのならいいのだけど。
Dan the Round Peg in a Square Hole
帰ろ