あの名作が、英語でも。

本書"Town of Evening Calm, Country of Cherry Blossoms"は、「夕凪の街 桜の国」を全て英訳したもの。漫画ゆえ、当然フキダシや地の文だけではなく、看板や墓碑まで、物語の構成上読者が英語で読み取れなければならないものは全て訳出してある。

以下、「夕凪の街 桜の国」は読了したことを前提に解説。

その訳文は、原作への敬意が最大限払われていながら、英会話として実に自然で非常に好感が持てる。「さるマン」の英訳、"Even a monkey can draw manga"もそうだが、和文英訳のクォリティは相当に高い。「もえたん」が和文英訳だと思っている人は、改めて本書を読むべきだ。

例えば東子と七波がラブホテルから出てくるときの会話。

七波: いや...長居は毒ですよ。
七波: 凪生の話はもっと毒

これが、

Nanami: NAH. DIDN'T FEEL LIKE IT.
Nanami: I FEEL EVEN LESS LIKE TALKING ABOUT NAGIO.

お見事。「毒」かけを"feel like"でかけるのは、縦のものを横にするのではなく、きちんと文脈を読み取った上で、もし自分がその時の彼女だったら(英語)で何と言うかをイメージできないと出てこない表現だ。これが「もえたん」だったら、

Nanami: THIS PLACE IS TOXIC.
Nanami: NAGIO'S ISSUE IS EVEN MORE TOXIC.

とかとなっていたのではないか。通じなくもないが、これでは女の子どおしの会話にならない。

ただ、ちょっと固すぎるところもあって、たとえば「姉」を常に"Big Sister"とするのはどうかと思う。"Big Sister"とするのは最初だけにして、あとは単に"Sister"とした方がよかったと思う。

固すぎるといえば、なんといってもフォント。かつてのアメコミでは文字は手書きだったのだが、本書では日本の漫画と同じく写植。フキダシの方はそれでもまだCOMIC SANSのようなコミカルなフォントなのだが、地の文のセリフ体のフォントは本書にはいかにも固すぎて異物感がある。これは原著にも感じたことなのだが、本書の方が異物感は強い。

最近の"MANGA"は他もそうだが、本書も左右反転せず、「右から読むように」という注意書きがしてある。だから「夕凪の街」の終盤の空白のコマもそのままの順序で、フォントが固いのを我慢すれば、きちんと余白を読み取る事ができる。しかし、そのおかげで凪生が東子に宛てた手紙は、どういう順序で読むのか、原著をあたらないとちょっとわからなかった。わからなくても伝わるは伝わるのだが。

それにしても、これで日本人の心の深い所を突き刺したままの、まだ名前のついていない感情を英語で説明するのに、つたない語学力を駆使する必要がなくなったのはありがたいことだ。今なら、ただこう言えばいいのだ。

Just read this.

Dan the Spellbound