祥伝社より献本御礼。

さまざまな意味で、掟破りの本。

本書〈2日で人生が変わる「箱」の法則〉は、"The Anatomy of Peace"の全訳。ベストセラーとなった同著者の〈自分の小さな「箱」から脱出する方法〉(原著:"Leadership and Self-Deception: Getting Out of the Box")の流れからこの邦題に落ち着いたと思われるが、本来の題名はむしろ本書の副題のある「平和な心の作り方」である。ちなみに私は前作は未読である。

目次
まえがき
  • 第1部 心の平和
  • 第2部 平和から闘争へ
  • 第3部 闘争から平和へ
  • 第4部 心の平和

掟破りその1は、本書の構成。本書はまぎれもない自己啓発本なのだが、自己啓発本に限らずハウツー本のフォーマットである、まず結論を述べてからディテールを解説し、最後にもう一度結論をまとめるという体裁ではなく、物語形式を取っている。それも、あたかも実際にあった自己啓発セミナーを起承転結で追うという形で。本書は四部構成となっているが、これが起承転結にきれいに対応している。

掟破りその2は、本書が取り上げる事例。「心の平和」という穏やかなタイトルと「いかにも私は自己啓発本」という装丁やオビで本書を気軽に読み始めると、その重さにびっくりする。なにしろそれは、パレスティナ問題なのだ。「平和」とこの組み合わせは現代においてはタブーに近い。

掟破りその3は、そのセミナーの講師。「師範」に当たるユースフ・アル=ファラは、アラブ人で5歳の時にアラブ-ユダヤ戦争で父をなくし、後にアメリカに来たという設定で、「師範代」相当のアヴィ・ローゼンはユダヤ人で15歳の時第四次中東戦争でやはり父親を亡くしたという設定だ。

まるで風邪を看てもらいに行った医者で癌をつげられたようなガチな痛さだ。

このセミナーの生徒の一人が、前作では講師役だった(らしい)ルー・ハーバート。ベトナム帰還兵(ヴェテラン)の彼は、会社と次男の問題に悩んだ末このセミナーを受けることになったのだが....

結論を言おう。本書は、アメリカ人一人一人に心の平和を取り戻す事で、合州国自身が心の平和を取り戻すことを願って書かれた本である、と。

もし本書が2001年に出版されたのだとしたら、誰も見向きをしなかっただろう。9.11は、合州国をまさに箱に閉じ込める出来事だった。世界一偉大な国家であるという「優越」。それゆえに力をもって世界に正義をもたらすのだという「当然」。テロに屈する訳には行かないという「体裁」。にも関わらずたかが数十人のテロリストに国家をふりまわされたという「劣等感」....

その結果がどうなったか。アフガニスタンをタリバンから「解放」しても、イラクをサダム・フセインを「解放」しても、ビン・ラディンは捕まらないまま。偉大であるはずのその力は尊大としか受け取られず、白い目で見るものはますます増えるばかり。ルー・ハーバートは、アンクル・サム自身の姿でもあるのだ。

本書の著者であるアービンジャー・インスティチュートは、1990年初頭に設立された研究所。本来本書はもっと早く出てもおかしくなかった。前著との時系列も、スターウォーズのごとく反対になっているのは、アメリカ人の怒りが冷め、聞く耳を持つようになることを待っていたとしか思えない。

本書を読んで素直に感動するものもいるだろう。自己啓発書という体裁ゆえに「テラ書生論」と一蹴する人もいるだろう。しかし、私は「世界の平和は心の平和から」という、本書の一番重要な結論に関しては本書を支持する。本書の「ノウハウ」だけを知識として知りたかったら、第4章を眺めるだけで充分である。しかし、しかし、それを心から痛感するには、本書は物語でなければならなかったのだ。

心から世界まで、平和を欲するすべての人は、本書から得るものがあるのではないか。少なくとも、本書を読む事で失われずにすむものは、必ずあるはずだ。

それにしても、やはり合州国というのは偉大にしろ尊大にしろ、なんと大きな国なのだろう。これだけ痛い物語でも、本当にあってもおかしくないと思えるのだから。日本で同じ設定をやったら、エロゲ以上のファンタジーに陥ってしまう。ユースフもアヴィもそしてルーも、本当にそこにいておかしくないのがかの国なのだ。

その大きな国の大きな痛みから得た教訓の集大成が本書なのだとしたら、一読しておかないのはなんとも惜しい話ではないか。

Dan the Society of Mind

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