新潮社後藤さんより献本。
一言で言うと、「DNAはもう枯れてる。これからはRNAだ!」という本。
本書「脱DNA宣言」は、分子生物学にいる第一線の研究者が、RNAのすごさを解説した本。著者にはすでに「生命のセントラルドグマ 」、「DNA複製の謎に迫る」といった優れた啓蒙書を著していると同時に、「ろくろ首の首はなぜ伸びるのか」のように「生物学で遊ぶ」本もものにしている。普通の人にもわかるように分子生物学を語るという点においては日本における第一人者の感もある。
目次- 第一章 総理大臣のDNA
- 第二章 それは膿から始まった
- 第三章 DNAの「社会的地位」
- 第四章 恐るべき実力者RNA
- 第五章 すべての生物の祖先とは?
- 第六章 DNAは単なるバックアップコピー
- 第七章 DNA神話の崩壊
- 第八章 脱DNA宣言
その著者が、「もうDNAは枯れてる!」といっている理由はなにか?
一つは、ここ数年(そう、数年!)で、RNAに関する知見が急速に広がったということもある。特に2005年9月の、マウスゲノムの実に70%がRNAに転写されているというFANTOMの成果はでかい。今まで高等生物のDNAの9割以上が役立たずのジャンクだという常識を覆す画期的な発見だった。
しかしそれ以上に大きいのは、DNAという単語が、「デオキシリボ核酸」という化学物質名を超えて、世間で一人歩きしていることにある「ソニーのDNA」「安倍晋三のDNA」といった時に使うDNAという言葉に、もはや生物学的意味はない。そこには「世代を超えて受け継がれるもの」という意味だけが残っている。それほどDNAという言葉は普及してしまった。
しかし、生物学的には、RNAの方がずっと重要で、このことは私が大学生の時にはもうすでに分子生物学の世界では常識だった(ちなみに著者と私は同年齢)。DNAが情報の保管しか担当していないのに対し、それを実際に活用するのはRNA。DNAがハードディスクなら、RNAはCPU。タンパク質は何かというと、周辺機器。そしてハードディスクなしでもコンピューターは作れるように、DNAなしでも生物は成り立たぬでもない。実際ウィルスまで生命に加えれば(これをどちらに分類するかは、生物学のグレーゾーン。余談だが生物学者のパーティーでネタに困ったらこの話題をふるとよい)、RNAだけのウィルスも存在するのだ。
それでは、なぜこの生物学の常識が未だ世間の非常識だったといえば、DNAの方が工学的にずっと扱いやすいからだ。水酸基が一個少ないおかげで安定的なDNAは、すでに科学の研究対象から工学の活用対象となって久しい。DNAフィンガープリントから遺伝子組み換え作物まで、世間に触れる機会がRNAよりもずっと多かったのだ。
しかし、生物を生物として見るには、DNAでは足りないのだ。極論してしまえば、DNAはDNAだけでは「死んでいる」。実際屍から取り出すことも出来る。それがRNAによって読み取られることではじめて生命は生きている状態となる。分子生物学的に「生きる」を定義すれば、「RNAが動いている」状態なのだ。
だから、著者は「脱DNA宣言」までして、「そろそろRNAに着目!」と言っている訳だ。
その大枠は、素人の私もよくわかるのだが、「脱DNA宣言」はとにかくタイトルにRNAが入っていないのはどうか、とも思う。ハードディスクがコンピュータにとって必須とは言えないまでも重要な構成要素であるのと同様、DNAは生物にとってのStorage of Choice。RNAをヨイショするあまり「DNA古っ」というのはいかがなものか。
また、本書のコンテキストであれば、逆転写酵素に関してもう少し解説してもよかったのではないか。本書では一カ所、それも括弧にくくられて登場するのみなのだが、「まずRNAありき」を解説するのにこれを使わないのはあまりにもったいない。発見は1970年。本書で重く扱うには古すぎなのだろうか。
あと、一般書ということで一般的な話題は当然欠かせないなのだけど、その分量がちょっと多すぎて、専門分野の解説が手薄気味になっている感も否めない(逆転写酵素の扱いの薄さも含めて)。これは前著「ろくろ首の首はなぜ伸びるのか」にも感じた事なのだが、著者は「もったいぶり」すぎる傾向があるように思う。もう少し専門家を打ち出しても読者は逃げないと思う。そういう私に「生物学ファン」としてのバイアスがかかっていることを認めるのはやぶさかではないけれど、「生物と無生物のあいだ」を見れば、もったいぶらずともちゃんと世間も専門家の言う事に耳を傾けるということはわかる。もっとも「もったいぶり」0だとスルーされてしまうので、そこが難しいところなのだけど。
とはいえ、新潮新書のような「世間向け」のメディアで、RNAが大きく取り上げられるのは分子生物学ファンとしてはうれしい限り。脱DNA宣言は時期尚早だと思うけど、「これからはRNAだ!」というのは禿同。
Dan the Biochem Dropout

もっとももともともっともったいぶって……という言葉遊び方向に思考が暴走してしまいました。
# それだけなので AC