これはエロい。

しかし、無駄は一切ない。

本書「官能小説の奥義」は、雑誌「ダカーポ」の名物コラム「くらいまっくす」を担当による、官能小説案内にして入門。余談だが、このコラム、妻によると女性にもファンが少なくないようだ。さらに余談だが、エロゲの方は「D.C.」ないし「ダ・カーポ」とナカグロが入るので注意。

目次
  • 序章 官能小説の文体の歴史
  • 第一章 性器描写の工夫
      女性器表現の種類
    • 男性器表現の種類
  • 第二章 性交描写の方法
    • 前戯編
    • 性交編
    • エクスタシー編
    • オノマトペ表現
  • 第三章 フェティシズムの分類
    • 乳房フェチ
    • 腋窩フェチ
    • 尻フェチ
    • アナルフェチ
    • 大腿フェチ
    • 足指フェチ
    • 下着フェチ
  • 第四章 ストーリ展開の技術
  • 第五章 官能小説の書き方十か条
あとがき

目次を見てわかるとおり、本書はかなり分析的で、それゆえに官能にひたる前に関心してしまうかも知れない。ちょうどヌードデッサン集を見ても案外欲情しないように。しかし分析の各所各所で、今まで著者が読破した一万作を超える作品から厳選された、最も官能的なシーンを引用しているので、読み方によっては本番ばかり集めたポルノビデオのような「使い方」も不可能ではない、エロ本としてもエロ教本といても使えるスグレモノ。なんだかエッチも勉強も教えてくれる先生のようではないか。

本書が扱う範囲は、著者の言うところの「純官能小説」に限定してはいる。それが何かというと。

P. 10
簡単に言えば、読者の性欲を刺激し、オナニーをさせる小説であり、さらに重要なのは、人が心の底に持っている淫心をかきたて、燃え上がらせるための小説である。

とはいえ、今や官能描写あるのは官能小説に限らない。むしろ大人向けのフィクションで、官能描写までは行かぬとも性描写がない方が珍しいぐらいである。フィクションの役割の一つは読者の脳を揺さぶることであり、官能には脳の一段奥を揺さぶる力がある以上、それは当然のことと言える。オーディオに例えれば、サブウーファーといったところか。

その一方で、「純官能小説」は「純文学」より卑下されてみられがちだ。それはより少ない--あまりに少ないように見える--力で、脳の奥をより強く揺さぶるからだろう。けんかに飛び道具を使うのが卑怯だというのに通じた真理がそこでは働くわけだ。

それでは官能小説から性欲を抜いたら何も残らないかといったら、そうではない。そして、それが本書の一番のテーマにも感じられる。それが凝縮されたのが本書の第五章。この十か条はあまりに素晴らしいので、引用の誘惑に私はあらがうことは出来なかった。

  1. 官能小説は性欲をかきたてるだけのものではない
  2. 好きな作家を見つけよ
  3. まず短編を書いてみる
  4. 官能シーンを早く出せ
  5. 自分がしたくても出来ないことを書く
  6. 三人以上の人物を登場させよ
  7. 恥ずかしいと思うな
  8. オノマトペをうまく使う
  9. 性の優しさ、哀しさ、切なさを知っておく
  10. 書いている途中でオナニーをするな

これ、わずかな書き換えで「官能」抜きの小説作法になることにお気づきだろうか。この十か条だけでも、本書は買いである。

それにしても読了して改めて舌を巻くのは、著者の要約力と引用力の素晴らしさ。わずか200ページの本で、これだけの作品の名シーンをこれだけ引用しつつきちんと自説を述べる著者の筆はまさに「絶筆」だ(絶倫的な意味で)。

さらに驚きなのが、本書が集英社新書 というメディアで出ている事。こんなアブナイ本が、電車の中で堂々と読めてしまうのである。少なくとも、アダム徳永の本を開いているより格段に恥ずかしくないはず。それでいて、内容は256倍はエロいのだ。しかも値段は700円ポッキリ。エロプレミアム、すなわち同形同ページ数だとエロだと2割程度高い(i.e. エロマンガ)もない。これを買わずにいられるあなたは、もう妖精の資格アリだろう。

今年一番官能した一冊。

Dan the Erotic Being