間違いなく、今年の新書ベスト1候補筆頭。
世界最高の場所にある、世界最高の施設が上げた世界最高の成果の数々を、世界最高の望遠鏡を二度手がけた著者が紹介する本ともなれば、当然とも言える。
本書「すばる望遠鏡の宇宙」は、天体望遠鏡の設置環境としては世界一ともいえるマウナ・ケア山頂にある、世界最大級(一枚鏡の反射望遠鏡としてはつい最近まで世界最大だった)すばる望遠鏡を、それを作ったチームを率いたその人自ら一冊の本にまとめたものである。そんな本がスゴ本でないとしたら、何をスゴ本と呼べばいいのか。
目次 - 岩波新書 すばる望遠鏡の宇宙よりその人の名は、海部宣男。この方、実は野辺山の45m電波望遠鏡の立役者でもある。野辺山名物のこのパラボラアンテナは、ミリ波では現在でも世界最大。それだけでも凄いのに、次は世界最大の光学望遠鏡建設の棟梁にも抜擢された。まるで100m走とマラソンの両方で金メダルを取るような快挙であり。その二つを成し遂げた著者が、三代目国立天文台長を勇退して書いたのが本著である。
どちらか片方だけでも一人占めするにはあまりに大きな業績であり、特定の個人に功績が集中することをよしとしない日本の組織でよくそのようなことが可能だったと感歎せざるを得ない。事実、この人をその地位に迎え入れた、国立天文台第二代台長、小平圭一は、以下のように述べている。
「宇宙の果てまで」 P. 249とりわけ年内から検討してきた海部宣男さんを室長として迎えるステップは、大きな波紋を呼んだ。やがて、必要なことを皆が解ってくれるようになったが、落ち着くまでには相当な日時を要した。
「皆」はどうやってそれが「解ってくれた」のか。本書を読んでやっと納得した。
この御仁、日本では特に珍しい、希代のリーダーなのである。この方、実は海部元総理の従弟なのだが、こちらが総理になった方がよかったのではないかというぐらいすごい。
そのリーダーぶりがにじみ出ているのが、第三章。すばるの建設記録であるのと同時に、それに携わった人々への讃える章でもある。これがもう、この人に声をかけられたらそれだけで士気が120%になるのではないかという、実にすばらしい褒め具合。ただ謝辞を述べているというのではなく、きちんと各自が何をやりとげたかを自分の目で確認した上で、一人一人をねぎらっている。この方は、人に報いるという行為を体で実践できるのである。
賛辞だけではなく、惨事も包み隠さず書いているのも素晴らしい。実はすばるは建設途中に一度火事にあっており、その際に三名の作業員が、そして別の事故で一名の作業員がそれぞれ亡くなっている。これらの犠牲者に対しても、「作業員四名」ではなく一人一人の名前をきちんと上げて哀悼している。本書が200ページ弱の新書、それも「すばるの建設」だけではなく「すばるの功績」まで網羅していることが信じられない。
そういう人が率いて造られたすばるは、一体何を見たか。
宇宙で最も遠い場所を。
宇宙で最も近い太陽系を。
そして我々の太陽系とは別の太陽系を。
観ているのである。
それがいかようであるかは、ぜひ本書や上記のすばる望遠鏡のWebページで確認して頂きたいが、すばる望遠鏡は、赤外線であればハッブル宇宙望遠鏡よりも鮮明な画像を観る事が出来る。本書はそのためにフルカラー版。pp34-35の見開きのアンドロメダ銀河の写真には息が止まった。となりの銀河の、星の一つ一つがくっきり見えるのだ!
「基礎科学は日本の弱点」と言われるが、こと天文学に関してはこれは当てはまらない。今や日本はすばるという最高の「眼」と、そして野辺山45mという世界最高の「耳」を持っているのだ。
私は、この二つが出来上がって行く様子をリアルタイムで見る事が出来た。実家に近い野辺山はもう何度行ったかわからないし、マウナ・ケアにも一度行っている。このマウナ・ケア、ハワイ本島にいく機会がある人は是非一度訪れて欲しい。宇宙に一番近い場所であることが実感できる(ただしツアーは12歳以上の制限あり。なにしろ富士山より高いところにあるのだ)。
天文学は、まだ科学が成立する遥か以前から成立していた最古の学問の一つであると同時に、科学の最先端であることを義務づけられた、人類、いや知的生命体にとってもっとも根源的な探求である。それは最高の人材が拓くものであると同時に、誰もがただそれを眺めるだけで感動できるものでもある。
P. 190すばる望遠鏡が、そういう問いを問い続けるための一里塚になれるとよい。
海部先生、一里塚をありがとうございました。それも二つも。
Dan the Star Gazer
あと、これに言及するなら「パロマーの巨人望遠鏡」も一緒に紹介してもよかったんじゃないかと……「宇宙の果てまで」を外してない点は良いですけど。