文字、ガチで読ませる一冊。

ここでいう「読ませる」は、「読み応えのある」の意味もあるが、本来の意味である「読む」の使役形である。

本書「甲骨文字の読み方」は、本書を読む事で亀甲獣骨文字(Wikipedia)を読めるようにしようという一冊。それも、単に甲骨文字に対応する漢字に置き換えようというレベルではなく、甲骨文字で書かれた文章を漢文を読むぐらいに読めるようになることを目指している。

そのガチぶりは、目次からも伺うことが出来る。

目次
はじめに
第一章 甲骨文字とはなにか
  1. 甲骨文字の時代
  2. 甲骨文字解読小史
  3. 刻まれたのは占いの内容
  4. 操作・改竄された占い
  5. 殷代史の資料としての甲骨文字
  6. 漢字の成り立ち
第二章 入門編 文字を読む
  1. 甲骨文字の解読法
  2. 象形文字
  3. 指事文字
  4. 会意文字
  5. 形声文字
  6. 分類の曖昧さ
第三章 中級編 難しい文字を読む
  1. 初文と繁文
  2. 音符・声符の追加
  3. 字形の置換
  4. 仮借
  5. 忘失した文字
第四章 文法編 甲骨文字の文章のしくみ
  1. 甲骨文字の文法
  2. 甲骨文字の文章構造
第五章 応用編 文章の解説
解読のための甲骨文字辞典
あとがきにかえて
甲骨文字フォント制作 / 落合淳思

目次の最後には、「甲骨文字フォント制作 / 落合淳思」とある。そう。何と著者は甲骨文字を読ませるためにフォントまで制作しているのだ。そのおかげで地の文にまで実にさりげなく甲骨文字が登場する。本書を読んでいると、甲骨文字は謎の古代文字ではなく、漢字の異字体程度に見えてくるから不思議だ。このフォントをふんだんに用いて記された巻末の「解読のための甲骨文字辞典」は圧巻で、これだけでも2000円ぐらいの価値はあるのではないだろうか。

ところが、本書は税込み756円。いいんですかほんとに。いくら殷代は人の命が安かったからといってここまでの出血大サービスしちゃって。

どうやら、いいみたいだ。

P. 3

 また、甲骨文字で記されているのは三千年以上前に使われていた言語だが、その時代の文法は、実は、漢文とほとんどかわらない。しかも、漢文より文法上の決まりごとが少なく、むしろ読みやすい文章ともいえるだろう。極端な言い方をすれば、高校でふつうに漢文の勉強をしていれば、甲骨文字を言語として読むための基本的な素養は十分である。

 それにもかかわらず、現代の日本では、中国史の専門研究者であっても甲骨文字を読める人は少ない。専門化にも、みなさんと同じく「なにやらとっつきにくいもの」という先入観があるようで、なかなか甲骨文字に手を出さないのである。

[中略]

本書は、一般読者にむけた甲骨文字の解説書であると同時に、本邦初の甲骨文字研究の入門書としても機能するような構成になっている。

そんなすごい一冊なのだが、「弱点」がないわけでもない。

研究者以外の「甲骨文字が読めて何の役に立つのか」という質問には、答えようがないのだ。「何のために中学で二次方程式の解法を習うの」というのに通じるが、「甲骨文字の読み方」は、「二次方程式の解法」以上に日常生活で使えなさそうだ。少なくともそれで給料が上がるとか(研究者以外で)転職の助けになるということは考えがたい。

しかし、私には、こういう一冊が本棚にあるのとないのとでは、読書の豊かさが全然違って感じられるのだ。無学な私が教養について語るのは気が引けるが、本書のような一冊に萌えるか否かというのは、教養の貧富を測る指標の一つではないだろうか。

それにしてもはじめ見て驚き、読み終えて納得したのが、著者の年齢。著者は1974年生まれ。私より5歳も若く、ITを引っ張る世代だ。フォントまで作ってしまうのも納得がいくところだし、「甲骨文字は誰にでも読める」という歯切れのよさにも若さを感じる。

三千年前の文字を読んで若返るのは、実に乙な気分だ。

Dan the Cultural Blogger