早川書房より献本御礼。

そして世界に不確定性がもたらされた
David Lindley著
阪本芳久訳
[原著:Uncertainty -- Einstein, Heisenberg, Bohr,
and the Struggle for the Soul of Science]
数式アレルギーがある人には最高の不確定性原理本。
しかしそれをなんで不確定性原理で、と思わずにもいられない。
本書「そして世界に不確定性がもたらされた」は、不確定性原理をめぐる三人の主人公たちのドラマを軸に、不確定性とは何なのか、そしてそれが世界の見方をどう変えたのかを、一本の数式も用いず紹介した本。
目次本書はどちらかというと物理学の解説書というより、物理学者ドラマではあるが、著者が天体物理学の博士号を持ったサイエンスライターということもあり、物理学の解説としてもかなりイケている。特に数式ではなく言葉で現象を説明することにかけては、数ある科学啓蒙書の中でもトップクラスなのではないか。
だからこそ、もったいないのである。ΔxΔp≧ħ/2 がどこにも登場しなかったことに。
見ての通り、この式の構造は、さらに有名な E = mc2よりも単純だ。ベキ乗もないので、タグを使わずにベタテキストでもきれいに書ける。量子力学というと難しそうな(そして実際結構難しい)数式がごまんと出てくる印象があるが、その中でも最も驚くべき不等式が、物理学に出てくる数式の中でも一、二を争う単純な構造をしていることは、やはりどんな文章より数式そのものの方が雄弁に語るのだから。
それでも、この単純な原理がどれほどアインシュタイン、ボーア、そしてハイゼンベルグを悩ませたかという、物理学者たちの心の「不確定性」はびしばし伝わってくる。
404 Blog Not Found:書評 - 無限の果てに何があるか個人的には、不完全性定理を、20世紀最大の発見だと思っている。その次が不確定性原理で、相対論は三番目。なにしろ不完全性定理は、数学の限界を、そして不確定性原理は物理の限界をまざまざと見せつけたから。
このうち不完全性定理は、あっという魔に数学者たちに理解され、共有され、世界に広まった。数学は「完全化」出来るという立場にたち、それに向かって邁進していたヒルベルトやラッセルも、不完全性定理はすぐさま認めた。自らのライフワークを否定されたも同然なのに。
しかし、不確定性原理の方は、物理学者たち自身がそれを認めて受け入れるようになるまでかなりかかっている。アインシュタインは最後まで認めなかったし、ボーアはその後ますます混沌となった。そして今でも、不確定性原理の解釈を巡っては、「ハイゼンベルグの顕微鏡」にみられるように、今でも別の見解がある。
不確定性原理は、その解釈もまた現時点では不確定と言った方がいいのだろう。不等式の右辺が0でないのは、まるで物理学者たちの不安もまた0になりえないかのようである。
それでも、ありがたいことに、ħ/2というのはものすごい小さい数字である。おかげで量子力学に気がつくのが遅れたともいえるし、人間サイズの日常があまりに不確定ということも避けられている。なんと絶妙なさじ加減なのだろう。
本書を読むあなたにも、この小さな、しかし決してゼロではない不確定性がおとずれますように。
Dan the Uncertain Blogger
追記:titleタグにのℏがあるとSafariで文字化けするということで、表題のみℏ = h/2πで置き換え。
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