すっかり書評が出遅れてしまった。

すでに

といった良書評が上がっているが、それでも蛇足せずにはいられない良著である。

本書「ウェブ炎上」は、ウェブ上での「種火」、すなわち「ちょっとした一言」が、あちこちに「飛び火」し、「大火事」になるいわゆる「炎上現象」、専門的には「サイバーカスケード」という現象を考察した一冊。

目次 - 荻上チキ『ウェブ炎上』(ちくま新書)発売記念ページ - 荻上式BLOGより
はじめに(公開中)
一章 ウェブ炎上とは何か
日常化したインターネット / 注目をあつめる「web2.0」 / 盛り上がるマーケティング言説 / 「怪物」としてのインターネット / 「メディアはメッセージである」 / 「可視化」と「つながり」 / 「ロングテール」という期待の地平 / 集合知は信用できるか / サイバーカスケードという言葉 / ブログへのコメントスクラム / 個人情報をめぐる騒動 / 企業と「祭り」 / 商品をめぐる「祭り」 / 盛り上がる「投票ゲーム」 / 流行語をめぐる騒動 / 「怪物」の二面性
二章 サイバーカスケードを分析する
デイリー・ミーとエコーチェンバー / エコーチェンバーがもたらす分極化 / 「デリート・ユー」の誘惑 / 集団分極化とサイバーカスケード / インターネットの起源 / のび太くんに見る道具と欲望の関係 / メディアの不透明性 / アーキテクチャという思想 / 議論を左右するアーキテクチャ / 自走するコミュニケーション空間 / ブロガーとして、ニュースサイト管理人として / 複数のコミュニケーションへの常時接続 / 可視化とつながりによる「誤配」の増大 / 記号流通回路の変容
三章 ウェブ社会の新たな問題
イラク人質事件へのバッシング / 「自作自演説」というハイパーリアリティ / 流言飛語はなぜ生まれるのか / デマの出現とリアリティの構築 / 「分かりやすさ」へのカスケード / 立ち位置のカスケード、争点のカスケード / 「浅田彰の戯言」という流言飛語 / 潜在的カスケードと顕在的カスケード / 「ジェンダーフリー」をめぐる騒動 / まとめサイトと抵抗カスケード / アンチサイトの揺るがなさ / 「福島瑞穂の迷言」をめぐって / リアリティと「ソース」をめぐる困難 / 自走するハイパーリアリティ / 言説空間の不可避的困難とは?
四章 ウェブ社会はどこへ行く?
サイバーカスケードの功罪 / ネットがもたらす過剰性 / 道徳の過剰 / ウェブにおける行動と予期の変化 / ウェブと政治の不幸な結婚? / 批判の語彙 / 「2ちゃんねらー=右傾化した若者」という間違い / シニシズムの回路と向き合うこと / 監視の過剰 / 討議を豊かにするアーキテクチャへ / ハブサイトの役目 / 「鮫島事件」と自走への自覚 / 合意によるリアリティ / 悲観論と楽観論を超えて
あとがき

本書の良い点は、なんといっても現状の詳細かつ公正な分析にある。こういった作業は本来マスメディア、特に新聞が得意としてきた作業のはずだが、ただでさえ新聞の劣化(「なぜ日本人は劣化したか」的な意味で:-)がWebの台頭とともに強く感じられる昨今において、ことネット論、メディア論ともなるとしょぼいものばかりで、数少ない「新聞育ち」の論客も、たとえば「佐々木俊尚」をはじめほぼ完全に「あちら側」、すなわちネット側に軸足を移している現在、新聞よりネットに涵養されたことが強く感じられる1981年生まれの著者のような「レポーター」の登場は大変楽しみである。

本書の弱点は、なんといっても著者自身の主張が弱いこと。分析の明快さと比べると、なんとも声が細い。折角

カバーより
サイバーカスケードのネガティブな発露について考察する際、ついつい「サイバーカスケードをなくそう」という発想をしてしまう方も多いと思われますが、そのような目論見はインターネットの長所を否定することになりかねません

と前口上しているのに、「じゃあ具体的にインターネットの長所って何さ」という当然の疑問に対する答えが何とも弱い。あたかも著者が、本書がサイバーカスケードの発火点となることを恐れているかのように。

弾言しよう。ウェブ上であろうがなかろうが、言説で世の中を「押そう」としたら、炎上のリスクは避けられないと。そしてそれが世の中が「動く」過程においては、炎上そのものが避けられないと。

松ぼっくりの中には、火災の温度がないと開かないものもあるそうだ。この松ぼっくりの中の種は、山火事があってはじめて芽が出る。炎上の明らかな効用は、明らかにこれだろう。炎上は当事者の肉を焦がす一方、新たな可能性の発芽を促すのだ。

そして、炎上の「跡地」が肥沃な地となるのは、本物の炎上もウェブの炎上も変わらない。YouTubeやニコニコ動画がたくましく育っているのは、そこがNapster炎上の跡地だったからというのは言い過ぎだろうか。

もちろん、そういった「肥沃な焼け跡」を残さない、「穢れを浄化する」タイプの炎上もある。そういった炎上の火付け役に限ってすぐに元発言を削除したりするのですぐそれとわかる。自分の言説に価値を見いだすなら、むしろ焼け跡はそのままにしておいた方がいいのに。

そういったことをもっと書けば、「ウェブ進化論」的炎上を本書もエンジョゥイできたかも知れない:-)

とはいえ、およそWebで発言するものにとって、こういった言説は本書ではなく各自行うべきで、その「薪」となる事件簿と分析なら本書の右に出る本はない。ブロガーであれば持っていて損がない一冊である。

Dan the Flame Survivor