というわけで、その続き。

404 Blog Not Found:ニコニ考 - オープンソースプログラマーとニコ厨の違い
その力学が一体何なのか。ここまで書いてもう時間がなくなった。もう出かけなければ。というわけで続きはまたの機会に。
404 Blog Not Found:ニコニ考 - オープンソースプログラマーとニコ厨の違い
オープンソースプログラマーとニコ厨の一番の違い。それは、オープンソースプログラマーが、誰が何を作った、あるいは作り直したかがはっきりしているのに対し、ニコ厨の場合は、誰が何を作ったのかが簡単にはわからず、そしてそのことをニコ厨たちはあまり気にしていないようだということ。

以下がその理由として考えられる。

コードには正誤があるが、作品には正誤がない。

散文的ではあるが、最も重要な理由がこちら。コードには正誤、すなわち「あきらかにこれは誤りである」というものが存在しうる。平たく言えば「バグ」だ。このバグは直さねばならない。誰が直すかといえば、そのソフトウェアの作成者、複数いる場合には保守者(maintainer;メンテナー)はその報告窓口を公開しておかねばならない。オープンソースでは、たいていの場合 liability (賠償責任)は負わない旨をライセンスで明記してはいるが、responsibility(応答責任)まで放棄したわけではない。いや、放棄しても構わないのだが、それはそのプロジェクトの終了を暗示的に意味している。そこにバグがありうる限り、連絡先を記さぬわけにはいかないのだ。

余談ではあるが、以下で Perl 5.8 のメンテナーであるNicholas Clarkが怒っているのは、連絡先が明記されているにも関わらずあさっての方向に連絡が行ったからである。

Security issues in the Perl core

As people may have become aware, security researches at Google discovered a buffer overflow in the regexp engine. As best I can tell, they reported it to Linux vendors, asked them what the appropriate security contact address for Perl 5 was, were given Yves' address, and Yves forwarded it to the Perl 5 committers.

And after discussing a patch that needed backporting from 5.10 (where it was already fixed) to 5.8, THAT WAS THE LAST WE HEARD.

The next "contact" we had was discovering that the Linux vendors had made public security announcements, without even notifying us, let alone discussing a timescale.

I consider this outcome neither professional nor courteous, but hope that it was caused by an unfortunate series of events that won't re-occur.

If I have made any mistakes here, the Linux vendors reading this list are welcome to correct me. And given that they all ship perl, they all should be reading this list.

ここでは邦訳は割愛するが、太字(by DANKOGAI)の箇所に、彼の怒りをひしひしと感じる。オープンソースプロジェクトの関係者は、くれぐれも気をつけられたし。

これに対し、作品にはよしあしはあっても正誤はない。アバタもエクボとなりうるのだ。アバタが気に食わなければ、それを直すのはあくまで受け手の責任である。よって書き捨て、作り捨ても許される。

日本の著作権法は、たとえば合州国のcopyright lawsと違って、権利を明記しなくても作成時点で発生するようなのだが、作品というものの特性を考えれば、権利を宣言してはじめて著作権が生じる方が自然に思われるのだが。

「名無し」は「権利無し」にして「義務無し」

「名前は口座である」というのは私の持論であるが、裏を返すと、権利を放棄すれば義務も消滅すると見なせるのだから、名前という口座もまた不要ということになる。ニコ厨たちは、マイリスト経由で投稿者が「私はここ」と示すなどの一部例外はあるものの、デフォルトでは「うp」した作品に対する利権を主張できず、また主張しない。そういう世界において、名前は無用の長物である。

「匿名」は「名無し」にあらず?

ただし、留意しておかねばならないのは、彼らが「名無し」であるのはあくまでも「外から」見た場合であり、「中から」見れば誰が何をしたのかというのはきちんと把握できるということである。さもなくば「常習犯」の「垢停止」も不可能ということになる。

実のところ、こういった「中の人からは名無しにあらず」というのは、現代の法律では「名無し」として扱ってもらえない。なぜ2ちゃんねるの書き込みに対して「ひろゆきに責任がある」とされるかといえば、根本的にはこれが理由である。誰が何をしているのか中からは把握できる以上、責任は書き込んだものまずあり、そしてそれをシステム的に許している2ちゃんねるにもあり、そういうシステムを維持管理しているひろゆきにあり、というわけだ。

逆説的ではあるが、なぜひろゆきが訴えられるかといえば、2chが実は匿名掲示板に見えるだけの顕名掲示板だからという言い方もできる。「名無し度」が徹底していないというわけだ。

仮に、運営側からも発言者が全く特定できないシステムがあったとしたらどうだろう。そういうシステムの存在を世間が許すかはさておき。この場合、そこにおける発言をどう扱うかは、書き手でもなければ運営者でもなく、完全に読み手ということにはならないだろうか。そういう形の完全無名性システム--匿名は厳密には「名前が見えない」であって「名前がない」ではない--が一つぐらいあってもいいかも知れない。

Dan the (Niconicologist | Open Source Programmer)