目から鱗。

日本の医療問題は、始まりたる産科に関しては大いに報道されているが、終わりたる死をどうするかに関してはきわめて静かである。しかし問題の深刻さは産科に勝るとも劣らないことは本書を読めばわかる。

ただし、一つ違いがある。「終わり」の方には一つ冴えたやり方があるのだ。

それが、本書「死因不明社会」が紹介するAi。Artificial IntelligenceではなくAutopsy imagingの略である。この言葉、Wikipedia日本語版どころか英語版にもまだ載っていないが、本書読了後は誰かが載せずにいられなくなる重要な言葉となるはずである。

目次 -
  • プロローグ 「死因不明社会」の出現とその処方箋
  • 第1章 そして誰も「解剖」されなくなった??厚生労働省・白鳥圭輔室長、独占インタビュー(1)
  • 第2章 現代日本の解剖事情
  • 第3章 死体のゆくえ - 厚生労働省・白鳥圭輔室長、独占インタビュー(2)
  • 第4章 解剖崩壊
  • 第5章 医療事故調査委員会における厚生労働省の謀略??厚生労働省・白鳥圭輔室長、独占インタビュー(3)
  • 第6章 Aiは医療事故問題解決の処方箋となりうるのか?
  • 第7章 Aiの病院死症例における威力??厚生労働省・白鳥圭輔室長、独占インタビュー(4)
  • 第8章 「死亡時医学検索」の再建のための処方箋「Ai」
  • 第9章 犯罪監視システムとしてのAi??厚生労働省・白鳥圭輔室長、独占インタビュー(5)
  • 第10章 死をめぐる医療と司法の相克
  • 第11章 Aiの医学的考察??厚生労働省・白鳥室長 集中最終講議
  • 第12章 「死因不明社会」の処方箋と明るい未来??Aiセンターが医療と社会を再建する

それでは、日本の医療の現場における「死」の何が問題か。

それが本書の題名である「死因不明社会」の真意である。なぜその人が死んだのか、きちんと調べられていないのだ。

カバーより

ミステリーより怖い真実

日本の解部率2%台は、
先進国中ぶっちぎりの最下位。
98%は、体の表面を見るだけの
いい加減な死亡診断が下されている。

それのどこが問題かという人もいるかも知れない。解剖したところでその人がよみがえるわけではないのだから。確かにその人は蘇らない。しかしその人の死因が明らかになれば、生きている人に対する診療も改善できるし、なにより事故や事件で亡くなった人に何がおこったかを知ることが出来る。

特に後者に関する重要性は一般にも「死体は語る」をはじめとする上野正彦のベストセラーでよく知られるようにはなっている。しかし変死体の解剖一つとっても日本がいかに寒い国かというのは本書を読めばよくわかる。

しかし、解剖率を上げようとしても、日本ではなかなか簡単には行かない。一つは、遺族の死体に対するこだわり。解剖は遺体を多いに傷つける。その様子はこれまた本書で写真入り(白黒で小さいものだが)でしかと確認できる。もちろん最後には体表面をなるべくきれいにして遺族に返すのだが、その過程を見て「もう死体だから煮ても焼いてもいいじゃん」と割り切れる人はこの国にはそうはいないだろう(私はその少数派だが、それを押し付けるつもりはない。

さらに深刻なのは、解剖に対するヒト・モノ・カネの不足。これも本書で改めて確認していただきたいのだが、こちらは産科や小児科をも上回る。一カ所だけ引用しよう。

P. 58
これだけの重労働を伴う病理解剖に対し、厚労省は費用捻出を行わず、今後もその方針を堅持しようとしている。

目から鱗が落ちる前に目が飛び出してしまったが、どうやら嘘ではないらしい。

それでは「ヒト・モノ・カネを注ぎ込めばいい」というのは当然の反応だが、しかしヒト・モノ・カネが足りないのは他の医療現場も同様。特にヒトはすぐには確保できない。

これが他の医療分野であれば「○×科終了のお知らせ」が出るところだが、この分野には一つ起死回生の方策がある。

それが、冒頭で紹介したAiなのである。Autopsy imagingというと難しそうだが、何のことはない。遺体をCTやMRIにかけるだけである。「だけである」というと著者に怒られそうであるし、本書にはそれをシステマティックに進めるにはどうしたらよいかもきちんと書いてあるが、しかし要諦はこの「だけである」にある。

著者によると、Aiを通常の解剖と比べた場合、以下のとおりとなるようだ。

P. 143
評価項目Ai総評解剖
検査のしやすさ★★★★★★★★Aiの圧勝
遺族の了承の得やすさ★★★★★★★★Aiの圧勝
費用
(コスト)
★★★★★★★★Aiの圧勝
(CT+MRIで5万円程度、解剖は一体あたり25万円)
スピード★★★★★★★★Aiの圧勝
(Aiは、CTとMRIを使用しても、1時間前後。解剖は作業に3時間。報告書提出までは1ヶ月以上かかる)
設備設置率★★★★★★★★Aiの優勢
(解剖室設置とCT、MRI設置という観点から、Aiが優勢である)
★★★
マンパワー★★★★★★★★Aiの圧勝
(解剖は病理医か法医学者が行う。Aiは画像診断医だけではなく、一般臨床医も可能なので、マンパワーの面ではAiの圧勝)
労力★★★★★★★★Aiの圧勝
(Aiでは、診断以外で労力が必要なのは遺体搬送程度である)
エシックス
(倫理)
★★★★★★★★Aiの圧勝
(遺体損壊を伴わないのでAiの圧勝。Aiには倫理上の問題はない)
医学情報★★★★★★判定困難
(情報の質が異なるので単純比較は困難。異なった次元の情報なので、情報量としては互角か。マテリアルを病理学的的処方で解析すれば、医学情報的には解剖が圧勝する)
★★★★★★
診断確定度★★★解剖の勝利
(ただし「解剖検索が行える領域に関しては」の付帯条件つき。解剖は検査不能部分が多すぎ、圧勝を宣言できない)
★★★★★★★★

このように優れたAiであるが、優れているだけに、読者によっては本書の口調を「しつこい」と感じるかも知れない。実際読了感はブルーバックスというよりは商品カタログのそれに近いかも知れない。しかし著者はAi業界の回し者ではなく(その可能性はゼロではないけれども:-)、外科医、病理医にしてミステリー作家である。実際本書も「このミステリーがすごい!」大賞受賞作である「 チーム・バチスタの栄光」が下敷きになっている。私はまだ同作品を読んでいないのだが(本書を見て即注文した)、Aiから直接利害を受けない著者がこれだけ声を大にして言っているのは、Aiの費用対効果の並外れた高さあってのことだろう。

Ai。この世から出かける時は忘れずに。

Dan the Mortal