オンブックの市川様より献本御礼。
インピーダンス・マッチング
澄野一樹
面白い!今までなかった青春小説。
でもAmazonでは買えません。
現役の電子技術者が書いた、技術者の、技術者による、技術者のための小説。主人公の女性電子技術者の人間としての成長と、技術者としての成長が並行して描かれている。具体的な技術的内容も盛り込まれている、理工系必読の一冊。
ああ、自ら市場を狭めてしまうなんて、なんてもったいない。
正しくは、こう。
あらすじ
入社して2年になる主人公・上田由理は、デジタル回路設計を担当する、自他共に認める優秀な女性技術者。客先からの無理な要求もアイデアで解決してみせる。
ある日、由理は高周波回路設計部門への異動を打診される。由理は、自分には高周波回路設計は無理だ、と思っているのだが、それを素直に言うことができず、異動が決定してしまう。独力で勉強しつつ、周囲には謙虚さを装う由理だが、それが逆に評価を上げてしまい、当惑する。
由理は、父親との気持ちのすれ違いや、姉へのコンプレックスを抱えている。異動前の上司の死をきっかけにこれらが急展開し、由理は人間としても、技術者としても成長する。
本書には、回路図は出てくるが恋愛は出てこない。しかしそれをもってして本書の潜在読者を理工系に絞ってしまうのはあまりにもったいない。由香と父の会話は理工系でなくてもきちんと感動が伝わる。一応(なぜか)理工系に分類される私が言っても説得力が薄いかも知れないが、本書が理工系にしか売れない、わからないのだと著者や出版社が思っているのだとしたら、それは文系に対する不当な偏見というものである。
そもそも、理系ドラマが売れないって誰が決めたのだろう?
実のところ、理系著者による理系ドラマが売れることは、東野圭吾も瀬名秀明 も海堂尊も証明しているではないか。世の理系(と思い込んでいる)人間は、「理系には理系しかわからない、おれたちサイレント・マイノリティ」という思い込みを今こそ捨てるべきだ。
それどころか、理系著者は一つ決定的な優位があるのだ。
はっきり言ってしまおう。非理系(あえて文系とは言わない)の、理系に対するあこがれの存在だ。これがアドバンテージであることは、その逆があまり見られないことからもはっきり言える。理系白書的「理系受難」は、むしろ非理系による理系に対する嫉妬の積み重なった結果といえばいいすぎだろうか。
理系は、もっと自分が理系であることを堂々と誇るべきだ。
その点から言っても、本書はもっと非理系に読まれなければならない。なぜなら、本書は主人公・上田由理の理系コンプレックス--理系に対するコンプレックスではなく、理系が非理系に抱くコンプレックス--を克服していく物語でもあるからだ。大丈夫。回路図がわけわかめでも、そのことはきちんと伝わるから。ケータイ小説読者にだって(ただ、この場合回路図をどう配信するのか)。
本書は税込み2,280円。青春小説としてこの値段はどう見ても高すぎるが、オンディマンド出版ゆえ今のところ残念ながら仕方がない。本の体裁もこれでは青春小説ではなく取扱説明書だ。これは理系ですらいささか受け入れがたい。マジに新書化/文庫化がなされることを希望する。
しかし購入の敷居の高さを乗り越えるだけの価値が本書にはある。懐が寒い人までそうするなとは言わないけれども、出版社の方は是非一部入手して欲しい。私は、本書が一般文芸書としても売れることを信じている。が、私が言っても「技術屋の身内びいき」というフィルターがどうしてもかかってしまう。非理系の書評が一つ欲しいところだ。
Dan the Father of Two Girls
日経BP社の『日経エレクトロニクス』2008 1月28日号に著者の澄野一樹さんが登場しました。P.43の「ひと」というコーナーです。電子技術者としての仕事の面白さや、小説を執筆した動機などをを語っています。
日経エレ編集部のどなたかが「これ面白いよ」とコーナー担当者氏に紹介してくれたらしいのですが、恐らくこちらのブログで取り上げていただいたのがきっかけになっていると思われます。改めて御礼申し上げます。