飽きれた。

ドリコムにではない、加藤謙介氏に対してだ。

リンクするかどうかは一瞬迷ったが、すでにこれだけはてブもされている以上、もはや盆には返らない覆水であることは明らかなのでそうする。

この加藤氏が役員だったかどうかはわからなかったのだが、幹部であったことは間違いないだろう。その元幹部が、辞めるにあたってあのような文章を公の場で晒すとは。

自分にできることは何なのか。やれることは何でもやろうと思いました。

自分がやってはいけないことは何なのか。やりたくてもやってはならないことを何がなんでも自重しようという考えは全くなかったのか。

幹部というのは、「何をやったか」のみを問われるのではない。「何をやらなかったか」も問われるのだ。何を言わなかったか、あるいは何を言わないでいられなかったのかというのも当然問われる対象となる。

その意味において、あのentryは自ら破門状を発行したに等しい。

敢えてこれだけは言わせて頂きたいと思います。

その気持ちに耐えるのも、義務の一つのはずなのだが、それを学ぶことができなかったか。それは誰よりも、まだ残っている従業員のためでもあるのだが。

私は今後、ドリコムで学んだ様々なことを活かし、少しでも多くの人の役に立てるように生きていきたいと思います。

まず、時には何もしないことが、何も語らないことが最も多くの人のために役立つこともあることを学ぶことだ。それがわからぬ者には、他にどれほど美点があろうとも、大事な仕事を一緒にしようというものは現れないだろう。一緒に仕事をする、ということは互いに弱みを握るということでもあるのだから。これは卑近な例におきかえてすら成り立つ。別れた配偶者やカレカノを足蹴にするものとおつきあいしたいという奇特な者は稀である。たとえ別れた相手にどんな落ち度があろうとも。

それが、上の「破門状」の意味だ。ヤクザの世界における破門状というのは、単にその組を辞めましたという意味ではない。「他の組もこいつを入れることまかりならぬ」という宣言なのだ。それを自らやってしまうとは、ワールドカップでオウンゴールするのに匹敵するほど痛い。

それにしても、同社にはこういう場合に幹部はどう振る舞うべき、というより何をするべからずかをアドヴァイスする者は内外を問わずいなかったのだろうか。上場企業であれば、通常幹事証券が少なくとも上場前にきちんと時間と人員を割いてレクチャーしてくれるはずなのだが。

自戒を込めてここで繰り返しておこう。

声が大きなものほど、口は固くなければならない、と。

Dan the Big Mouth