この気持ち、よくわかる。

人生面白くないよ
20くらいまでは無限の可能性があると思ってたのですが
現実を知ったら、もうほとんどのことは解明され
ちゃってて、先人に学んでルーチンを
繰り返すしかないんだなと気づきました。

ので、離脱法もよくわかる。

「現実」を「知ったら」と知ってるつもりになっちゃって、本人も「知ってるつもり」と「知ってる」がごっちゃになっちゃってるんだよね。あったあった、私にもそういう時期が。

そうやって「現実」を「知り尽くす」ことが可能だと思っていた時期が。

私だけじゃなくて、数学者たちがそれにはまってた時期もあったんだよね。「現実」のほとんどがわかりかけてた、あるいはこうすればわかってしまうというのがわかりかけてたので、とりあえず「繰り返すしかないんだな」をおいといて、「わかる」にとどめを刺そうとしていた時期が、本当にあった。

で、その結果わかったことは?

全てをわかる、というのが不可能だ、ということ。

これは「不完全性定理」と呼ばれているんだけど、これが「わかった」時にはショックだった。一週間飯が喉がとおらなかったもの。しかもこれが、驚くほど簡単なしくみで、なんでこんな簡単なことが20世紀まで証明されてなかったんだというのがまたショックで。具体的な仕組みはリンク先の本を読んで確かめてもらうとして、とにもかくにも全てをわかりつくすというのは不可能だというのは、数学ですらそうだというのは知っておく価値があると思う。

これは裏を返すと、「ネタが尽きることはありえない」ということの数学的な証明にもなっている。給料が貰えるかどうかはさておき、やることがなくなるということはありえないということが、すでに数学的に証明されている。これってすごくない?

「わからないことはいくらでもある」が数学的にわかっているだけでもすごいし、よって「まだわかっていないことをわかろうとする」方面に行くだけでも、レトリック抜きで無限の可能性があるのだけど、「すでに誰かがわかっていることを、改めて自分がやってみる」方面もそれはそれで面白いから困ってしまう。

たとえば、エロ。日本国内でリリースされているアダルトビデオだけでも、一年にリリースされるタイトルを、一年以内で再生できないほどたくさんある。やっていることは、マンコにチンコを入れるだけの簡単なお仕事(まあ入れてないのもあるし、男女とも限らないのだけど)。違うのはどの女優がどんな服を着て、どんな風に脱いで、どんな風に交わるかという要素だけで、やっていることは「やる」の一言でまとめられる。え?まとめられる?

そう。実は、まとめられないんだな、これが。もしまとめられるんであれば、こんな順列組み合わせにド忠実に次から次へとタイトルを作る必要はない。「完璧なポルノ」を一本収録して、それをみんなで見ればいい。でもそうなってないのは、なぜなんだろう。

「やる」とまとめるのが、まとめたことになってないからじゃないのか?あの「やる」とこの「やる」が、同じことをしていても同じことじゃないんだ。ある作品を一本みても「エロ」を「知った」気分にはなれるかも知れないけど、「わかった」ことにはならない。

ところが、これだけ多くのポルノがあるにも関わらず、これらはやはり現実のセックスとは違う。文字通りやればすぐわかるけど、ポルノに出てくるのは、あくまでも見せるためのセックスで、やってみて気持ちがいいセックスとはかなり違う。

たかがセックス一つとっても、このありさま。これが世の中の森羅万象ともなったらいったいどうなるのやら。

そうやって感じて考えていくと、世の中は面白すぎて、むしろどの「面白い」を試すべきかで困ってしまう。一生かけても、たかがアダルトビデオ一つ完全制覇できないのだから。

これからどうすればいいんでしょうか

それを聞きたいのはこちらも同じ。理由が180度違うけれども。でもそれを他人任せにできないのもまた人生。何が面白くて何がつまらないかは、自分にしかわからないし、自分ですらやってみないとわからないのだから。

とりあえず、0x26年かけて、やっとこの程度までわかりました。

Dan the Man with Too Many Things to Learn