実に面白くかつ役に立つ一冊。

本書の一番の「難点」は、「戦争」と「金」の組み合わせが面白く役に立つことそのものかも知れない。この片方だけを見ただけで理性が吹っ飛ぶ人も少なくないのに、本書はそのコンボである。

しかし、そういう人こそ、本書を読んで欲しい。その方が平和により近い道なのだから。少なくとも東国原英夫赤木智弘の両名は必読である(笑)。

本書「戦争の経済学」は、戦争を経済学を通して学ぶと同時に、戦争を通して経済学を学ぶ本である。

目次
謝辞
序文
第一部 戦争の経済効果
第1章 戦争経済の理論
第2章 実際の戦争経済:アメリカの戦争 ケーススタディ
第二部 軍隊の経済学
第3章 防衛支出と経済
第4章 軍の労働
第5章 兵器の調達
第三部 安全保障の経済面
第6章 発展途上国の内戦
第7章 テロリズム
第8章 大量破壊兵器の拡散
付録 事業・プロジェクトとしての戦争 - 山形浩生
訳者解説
参考文献
索引

本書は、戦争に関しても経済学に関しても「最新の学説」は出てこない。特に経済学に関してはそうで、経済物理学も行動経済学も出てこない。古典的な、経済学部の学生でなくても教養課程で取りそうなマイクロ経済学とマクロ経済学に終止している。しかも、登場する経済学用語には、全てその場でそれがどういう意味なのか解説している。まさに「普通の経済学の教科書」だ。むしろ戦争に関しての方が、内紛やテロリズムといった新しめの問題を扱ってはいるが、これまた新戦法や新理論が登場するわけではない。

P. 413 訳者あとがき
この本は別に目新しいことを述べた本ではない。戦争についてまったく新しい理論があるわけでもないし、戦争を通じてまったく新しい経済理論を提唱しようとする本でもない。著者も別に公明な経済学者というわけではない。

なのになぜ本書がこれほど面白くて役に立つかといえば、「戦争」と「経済学」という組み合わせが、食い合わせのごとく避けられて来たからだ。この国では特にそうだった。「戦争」と「経済」であれば、ニュースもさんざん取り上げる。いかに戦争が不経済か、我々は耳にたこができるほど聞かされている。しかしそれならなぜ、そんな儲かりもしないことをあれほど多くの人々があれほど熱心に取り組んでいるのだろうか。それを経済学、それも初級の経済学で考察したのが本書である。

その結果は、実に意外なものだ。たとえばテロリストがどこを狙うのかというのは、経済学的の基本、最小のコストで最大の効果を上げるということに忠実であるだとか、民間軍事会社(PMC)が国連軍よりもいい仕事をするだとか、ただただ悲惨でエントロピーを押し上げるだけの行為であるはずの戦争もまた「国家事」という「家事」(οικονομία; economyの語源)であることが伺える。

そしてそれを理解するのに、最新の経済学は必要ない。ニュートン力学だけでも、かなりの事象が説明できるのにも似て。

本書で一番刺さったのは、平和維持活動に関する考察。

P. 299
世界経済の観点からすると、有効な平和維持活動はきわめて経済的に効率のよい政策だ。シエラレオネでのイギリス軍の経験から推定すると、似たような諸国12カ国に対して似たような軍事介入を行えば--紛争が終わってからの話で、平和維持活動としての介入だが--費用は48億ドルだが、そこから生まれる経済的な利益は3970億ドルにものぼるとされる。

にも関わらず、なぜ先進国、特に合州国はそれに及び腰なのだろうか。

世界経済全体では得でも、平和維持活動の供給国には得にならないからだ。

これって、何かに似ていないだろうか。金持ちが貧困の救済に及び腰な理由とそっくりである。貧困を救済すれば、社会全体の所得は上がる。しかし金持ちの所得は上がらないどころか下がりうる。

ところが、そんな金持ちたちも、自分の所属するコミュニティの治安に関してはあまり費用を惜しまない。合州国ではわざわざそのために住民の方から税率の引き上げを提案することすらかなりある。効用を自分でも受け取れれば、効用が費用を上回るのであれば、費用負担に応じるのが経済学的に見た人という者なのである。

ということは。

世界政府というのは、何よりも経済学的に有利だという結果になりはしないか?

ちょっと妄想が膨らんでしまった。これに関しては別entryをあてるべきだろう。一応本entryは書評である。

最後になるが、本書は経済学的に見ても買いである。税込み1,890円であるが、400ページを超える本書はページ単価で見ても新書にひけをとらず、さらに版型が一回り大きなおかげでグラフや表もふんだんに載せていて、しかも分散グラフにはほぼ例外なく回帰曲線式とR2が載せてある。もちろん索引もきちんとある。その上訳者による付録までついてこのお値段。きわめつけに、原著の半額以下のプライス。日本のAmazonと比較してではなく、本国のAmazonの値段と比較してすらそうなのである。カラシニコフの最低価格でこれだけ知恵がつくのだ。One Laptop per Child (OLPC)ではないが、2冊買って1冊カラシニコフと交換してあげたいぐらいだ。

Dan the Economic Animal