どうやら私は勝間和代という人を過小評価していたようだ。

そして、書評ブロガーとしての私自身も。

404 Blog Not Found:10倍どころじゃない - 書評 - 効率が10倍アップする 新・知的生産術
Amazonでの順位は、本entry執筆現在で10位。いくら私がアルファ書評ブロガーでも、私に献本する「投資効果」は、率で行けばそれほど大きいとは言えない。

ところが、本書の順位は書評後1位まで上昇したのだ。

私のところから買っていただいた数も、1日三桁を超えた。

要するに、伸びしろがあったのだ。著者は私に一冊本を送っただけで、それを回収してしまったのである。もちろん、私もそれで得をしている。entryにかかった時間は、開封から30分。本書を読むのに15分(これはいつもより少し丁寧)、コーヒーを入れるのに5分、entryを書くのに10分。

その一方で、「想定の範囲内」だったのが、書評に対する反応と、著者に対する人物像。

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個人的に好きな著者じゃないし、そこまでの内容でもなかった気がする。
本屋でチラ見したけど、そんなに目新しいことが無かった気がするけど

どういう人がこういう感想を漏らすかというと、まずは以下を。

Matzにっき(2008-01-04)
80%の技術者は、本を読まない、イベントに参加しない、勉強しない。 それでどうして、それらを継続的に行う開発者と同等の生産性をあげることができるのか。 それらを行う20%のうち、さらに80%は、(まだ)うまく成果をあげられていない。 すると、それらを継続的に行い、さらにうまくいっている人はおおよそ5%になる。

ここで言う、本も読みイベントに参加し勉強もしているのだけど、それに見合った成果を上げている実感が得られない20%だ。彼らは勉強しているので、当然本書に書いてある言葉には別のどこかで触れれている公算が強い。その意味で、目新しいことでないことはむしろ当然とも言える。

それでは、この「報われない20%」と「報われる5%」の違いは、何だろうか。

投資をきちんと回収している否か、なのである。

ここで、著者のblog、「私的なことがらを記録しよう!!」を改めて見てみよう。書評へのリンクを、実につぶさに張っている。ここまできっちやる著者を、私は知らない。強いて言えば見つけた書評を余さずはてブしている梅田望夫だろうか。両者とも、10万部超えの本を複数ものにしている。

端から見て、これはかっこいいとはとても言えない。あさましささえ感じるだろう。そう。あさましさ。健全なあさましさこそが、報われない20%に足りないものの正体である。報われていないのではない。自分に報いていないのである。

あなたは、知的生産というものをなんだかかっこいいもの、「知的」なもの、汗とは無縁なものだと思ってはいなだろうか?

違うのである。「生産」の文字が後ろに付く以上、「知」だけでは絶対に完結しないのである。アウトプットという、どこかの筋肉を動かさなければ完結しない作業が、そこには必ずついてまわるのである。そして、完結しなければ、そこから得られるものはゼロなのである。

これは、ノンフィクションのベストセラーをものにした人が、言葉は違えど必ずどこかで書いているものである。養老孟司なんてその極北ではないか。その点に関して、彼が述べていることは「唯脳論 」から少しもぶれていない。なぜ「バカの壁」を超えられないか。手足を動かさないからだ。

話を勝間和代に戻す。彼女は、肉体へも投資を惜しまない。なぜかといえば、それがなければ知的生産の回収が出来ないからだ。この点において、私はずっと不真面目だ。不真面目なのは、健全なあさましさが弱いからだ。だから、「すごい」と体で感じたし、感じたことをそのまま書いたのだ。

知的が付くか付かぬかに関わらず、生産というのは仕入れ、加工、そして回収の三工程が完結してはじめて完結する。この一般論だけは、これ以上単純化できない。そして完結しなければ、あなたが得るものは何もない。

まずはきちんと回収すること。話はそれからだ。

Dan the Greedy